【今週はこれを読め! SF編】中国SFの俊英による時間テーマの短篇集

文=牧眞司

 中国SFの俊英、宝樹の短篇集。収録されている七篇は、いずれも時間をテーマにしている。

 ここで言う時間テーマとは、時間を超えたり逆行、あるいはループするといった、機械論的時間の論理パズルだけではない。

 巻頭の「穴居するものたち」と巻末の「暗黒へ」は、悠久のタイムスパンを扱っている。ただし、両作品における視点の取りかたは対照的だ。「穴居するものたち」は、太古から遠未来まで生命が流転していくさまがオムニバス的に描かれる、ステープルドン的無常感の作品。「暗黒へ」では、人類最後の生存者となった主人公(宇宙船の乗員)がブラックホールの重力圏内にとらわれているうちに、外の宇宙では長い時間が経過する。たったひとりになってもなお生きのびる意味を問いながら、宇宙船の搭載されたAIの助けを借りての脱出策が講じられる。

「最初のタイムトラベラー」は、時間旅行実験の顛末を描くショートショートで、広瀬正の初期作品を思わせる。「三国献麺記」は、店の看板料理である麺のPRに利用するため、時を遡って三国志の登場人物にその麺を食べさせようとするユーモアSFで、ハリイ・ハリスンもしくは小松左京的な展開が楽しい。「成都往事」は、不死者である主人公と未来から来た娘が歴史のなかで何度も巡りあう、梶尾真治ばりのタイムトラベル・ロマンス。

「九百九十九本のばら」も時間絡みのロマンスだが、タイムトラベルが実際に起きているかが終盤までわからないのがポイント。好きな女性とのデートの約束を取りつけるため、自分の子孫の力を借りようと考えた男がいた。時間が分岐するものなら、いずれかの分岐に自分の恋が成就した未来があるはずだ。その子孫にメッセージを残せば、時間を遡行して(未来ならタイムトラベルが実現しているかもしれない)かならず手助けしてくれる。いっけん馬鹿げた思いつきだった。しかし、デートの条件だった九百九十九本のばらが、子孫へのメッセージで指定したタイミングで配達される。はたして時間の環が完成したのか? 物語はデート男の友人の視点で語られる。友情と恋愛が交錯する甘酸っぱい青春小説の味わいが絶妙である。

 現代SFらしい斬新性という点で際立っているのが、表題作「時間の王」だ。主人公はある事故をきっかけに、自分が覚えている人生の場面なら、その時点へと戻ることができる能力を得る。失敗した受験をやり直し、賭け事での大勝ちも可能だ。しかし、もっとも切望している願い、幼なじみだった少女を生き返らせることはできない。彼女は病気で亡くなったのだ。記憶と時間――ひとの生においてこれらは不可分だ――に切りこんだ傑作。テッド・チャンや伴名練と肩を並べるレベルだ。

(牧眞司)

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