【今週はこれを読め! SF編】異星生物のコンタクトを通じて宇宙的倫理を問う三篇

文=牧眞司

  • 法治の獣 (ハヤカワ文庫JA JAハ 13-1)
  • 『法治の獣 (ハヤカワ文庫JA JAハ 13-1)』
    春暮 康一
    早川書房
    1,100円(税込)
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 第七回ハヤカワSFコンテストに投じた中篇「オーラリメイカー」が優秀賞を獲得。同作を表題として、短篇「虹色の蛇」を併録した作品集で2019年にデビューした著者の、本書は第二作品集。三作品を収録している。

 ペンネームの「春暮」は、『重力の使命』『20億の針』などで知られるアメリカのハードSF作家ハル・クレメントに由来する。異星の環境およびそこに発生する独自の生命を、科学的なロジックによって組み立てる点では、まさにクレメント直系だ。

 ただし、大きな違いもある。クレメントが描くエイリアンは身体的・文明的には人類と隔たっているものの、行動や心理面では多分に人間的な個性を備えていた。それに対し、春暮作品の異星生物は内面や意識を持っているかすら不明なのだ。物語上でも擬人的な扱いは一切おこなわれない。ストイックなほどに抑制されている。

 以下、三篇それぞれの設定を簡単に紹介しよう。

「主観者」は海洋惑星ヴェルヌが舞台。全身が光るイソギンチャクのような生物がコロニーを形成している。探査チームは、この生物の発光パターンが言語であると仮説を立た。用意周到におこなったはずのファーストコンタクト。しかし、思わぬ結果を引きおこしてしまう。

「法治の獣」は、惑星〈裁剣(ソード)〉に棲むガゼルに似た動物シエジーをめぐる物語。シエジーは個体としては知性を持たないが集団としては法をつくり、それに従って社会的にふるまっている。その法は本能を超え、状況に応じて修正・運用されているのだ。シエジーの"自然法"を人間社会に応用できないか? それを検証する大掛かりなプロジェクトが企てられる。

「方舟は荒野をわたる」は、自転周期と軸傾斜が不規則に変化する惑星オローリンで、自律的に移動をつづける巨大な膜状組織が発見される。その膜のなかで数十万種の生物が複雑な恒常システムを形成し、まるで生態系全体がひとつの生命のような挙動を示すのだ。

 本書収録の三作は《系外進出(インフレーション)》シリーズなる人類未来史に属し、人間は移住できる異星を求めている。興味深いのは、植民をめざす組織のなかに、惑星改造に反対する勢力が巣くっていることだ。彼らは、生命(それが下等なものであっても)が存在する惑星に人間が干渉することを"侵略"と見なす。シリーズを通じて、人間の宇宙における分限が、未知の生命とのコンタクトから生じる可能性と背中合わせのテーマとして変奏される。

(牧眞司)

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