【今週はこれを読め! SF編】帰還した天才科学者は本物か? 迫真のSFスリラー
文=牧眞司
バドリスは1950年代から活躍をはじめ、2008年に没したアメリカのSF作家。本書は1958年に発表された彼の代表長篇である。かつて『アメリカ鉄仮面』の題名でソノラマ文庫から仁賀克雄訳が出ていたが、手に入らなくなって久しく、新しい読者にとっては名のみ聞く作品となっていた。
これは、東西冷戦を背景としたSFスリラーである。焦点になるのは、極秘のK88計画の中心人物だったアメリカの天才物理学者ルーカス・マルティーノ。プロジェクトは中央ヨーロッパの研究所(ソ連との国境近くに位置する)で進められていたが、あるとき大爆発が起こり、重傷を負ったマルティーノはソビエトの情報局に拉致されてしまう。外交交渉の末、四カ月後、マルティーノは西側へと帰還するのだが、その顔も身体もほとんどが機械に置き換わっていた。はたしてこの男は本当のマルティーノだろうか?
西側連合国政府の安全保障局長ショーン・ロジャーズは困惑する。ソビエトは何を考えているのだろう? そもそもマルティーノを生かしておくためだけなら、これほど精緻なハードウェアは必要ない。しかも、その身体をみすみす西側へ渡したのだ。何らかの目論みがあるに違いない。
生体的な検査では、機械化された男が元々のマルティーノかどうかの判定はつかない。そこで、この男を閉じこめておくのではなく、いっそ解放してしまう。彼の自由な振る舞いをつぶさに観察したうえで、マルティーノの生誕から爆発事故までのプロファイルと突きあわせ、真偽を判定するのだ。
かくして、機械化された男の現在進行形の行動(および、それを追うロジャーズたちの議論)と、過去のマルティーノの人生とが平行して語り進められていく。そして、物語後半では、マルティーノがソビエトに拘束されていた四カ月間のエピソードが挿入され、ソビエト情報局を率いるアナスタス・アザーリン大佐の思惑が徐々に見えてくる。
つまり、機械化された謎の男を挟み、西側の安全保障局ロジャーズとソビエト側の情報局アザーリンとが、互いの手を読みあう知略を繰りひろげるのだ。過去から現在へつながる鮮やかな伏線が仕掛けられているので、ぜひ注意深く読んでいただきたい。
(牧眞司)