【今週はこれを読め! SF編】死者への愛情を転移させる巨大樹

文=牧眞司

 ミステリの領域で大活躍中の著者による、初のSF短篇集。全六篇が収録されている。

 巻頭に収められた表題作「回樹」は、秋田県の湿原に突如、全長一キロほどで人間が横向きに寝たようなかたちの、仄青く光る物体が出現する。「回樹」と名づけられたそれには、近くに置かれた遺体を取りこむ作用があった。故人を愛していた者は、故人と同じように回樹を愛するようになる。この愛情の転移現象が、少しずつ世の中を変えていった。主人公の尋常寺律(じんじょうじりつ)は、恋人の千見寺初露(ちけんじはつろ)の遺体を、初露の家族に無断で回樹の元へと運ぶ。そこには余人には理解できない動機が隠されていた。

 常識を揺るがす異変が起こっているのだが、その全体的な状況は背景として、あくまで特定の登場人物にフォーカスし、微妙な心理の揺れや人間関係の機微を描く。それが斜線堂作品の持ち味と言えよう。

 次の作品「骨刻」では、骨の表面に文字を刻む技術が開発される。それ自体は医療的にメリットもデメリットもないはずだったが、流行や文化の小さなところから社会的影響がじわじわと広がっていく。それが、愛情や信仰と結びついたときに......。

「BTTF葬送」は、すべての映画には魂があり輪廻転生するというアイデアが秀逸。魂の数は限られているので、過去の名作を葬らなければ、新しい傑作(魂の宿ったフィルム)は生まれない。それぞれの名作のために最後の上映会がおこなわれ、郷愁と絶望が交錯する。

「不滅」は、すべての死体が腐敗もせず、あらゆる物理変化を被らなくなった世界を描く。徐々に死体の処理が社会的な負担となるが、個々の遺族にとっては感情面でどう向きあうかの問題でもある。そんな死体処理をめぐって、ひとびとに意思決定を迫る奇妙なテロが起こる。

「奈辺」は、奴隷制度がつづく十八世紀のニューヨークが舞台。緑色の宇宙人が酒場に不時着し、人種差別が当然だった社会を擾乱する。重いテーマだが、軽快なタッチで物語が進む。SFのシチュエーションを用いて人種差別を諧謔的にえぐった点で、N・K・ジェミシン「エマージェンシー・スキン」(ブレイク・クラウチ編『フォワード 未来を視る6つのSF』所収)と読みくらべてみるのも一興だ。

 巻末に収録された「回祭」は「回樹」の続篇。すでに回樹は多くの遺体を吸収し、多くの遺族(家族だけではく故人を慕うひとたち)にとって愛情の対象となっている。それは神格化と言ってよいほどだ。回樹の周辺に集まっている群衆のなかに、古洞蓮華(こどうれんげ)の姿があった。彼女は雇い主であり、同年代の洞城亜麻音(どうじょうあまね)のためにここに来ている。ただし、蓮華と亜麻音のあいだを結ぶものは、一般的な愛情とはかけ離れたものだった......。たんに「回樹」と共通する設定というだけではなく、直接の因果においてもテーマ面においても深いつながりがある作品。ミステリ的な趣向も際立っている。

(牧眞司)

  • フォワード 未来を視る6つのSF (ハヤカワ文庫SF)
  • 『フォワード 未来を視る6つのSF (ハヤカワ文庫SF)』
    ブレイク・クラウチ,ベロニカ・ロス,N・K・ジェミシン,エイモア・トールズ,ポール・トレンブレイ,アンディ・ウィアー,宇佐川 晶子,鳴庭 真人,小野田 和子,東野 さやか,幹 遙子,川野 靖子
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