【今週はこれを読め! SF編】新しい惑星に、生きた物語を吹きこむ

文=牧眞司

  • 最後の語り部
  • 『最後の語り部』
    ドナ・バーバ・ヒグエラ,杉田 七重
    東京創元社
    3,080円(税込)
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 大仕掛けなSFの設定、細部を彩るアイデア、主人公のまっすぐな性格、知恵と行動で困難を乗りこえていくプロット......正調の極みのヤングアダルトSF。小学校の図書館で児童むきSF(講談社や偕成社や集英社の翻訳SFシリーズ)に耽溺していたころの懐かしい味わいが甦ってきた。ただし、本書は2021年発表のパリパリの新作なので、テクノロジーにかかわる表現、社会意識の部分は現代的だ。ニューベリー賞、プーラ・ベルプレ賞というふたつの児童文学の賞を受賞している。

 物語がはじまるのは2061年。彗星の接近によって地球は破滅に瀕していた。十二歳の主人公ペトラは、科学者である両親と弟ハビエルともども、植民宇宙船の搭乗者に選ばれる。選ばれなかったひとびとを置き去りにしていく罪悪感が、彼女の胸を刺す。

 植民船は三台あり、一号機はすでに出発、ペトラたちが乗るのは二号機だ。打ちあげ間際、武器を持って蜂起した群集が発射基地を占拠し、つづく混乱のなか、からくも二号機は宇宙へ飛びたつ。三号機はどうやら失われたらしい。

 恒星間航行のあいだ、ほとんどの搭乗者は人工冬眠ですごす。睡眠学習によって専門知識をインストールし、それを新天地で活かすのだ。ペトラは植物学と地質学に加え、民間伝承や神話の造詣を深めたいと希望を出していた。物語が好きになったのは、おばあちゃんの影響だ。おばあちゃんが話してくれた物語は、しっかりとペトラの血肉になっている。

 人工冬眠から目覚めたペトラを待っていたのは、まったく予期せぬ事態だった。船内には全体主義が敷かれ、地球の歴史は封印されている。ペトラとともに覚醒させられた同世代の子たちは、家族の記憶も名前も失い、全体主義に奉仕する動機を植えつけられていた。ペトラだけが覚醒手順のささいな手違いによって元々の記憶が残ったのだ。家族がどうなったかはわからない。

 そして、船外は調査がほとんど手のついていない、未知の環境にある。ペトラは自分も記憶を失ったふりをし、孤立無援のたたかいをはじめる。彼女の武器は機転と勇気、そして物語の力だ。

 ペトラはかつておばあちゃんから「立派な語り部になるには、単に右から左へ物語をそらんじて見せるのではなく、物語を自分のものにして語る必要がある」と教えられた。この作品が感動的なのは、神話や寓話という普遍的な物語と、家族や人生の記憶という個人の物語を結びつけているところだ。

(牧眞司)

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