【今週はこれを読め! SF編】文化人類学的視座と政治的リアリティ~『コスタ・コンコルディア 工作艦明石の孤独・外伝』
文=牧眞司
林譲治の前作『工作艦明石の孤独』(全四巻)では、人類が宇宙に進出したのち、ワープ航法の不調(時空構造の不可解な機構が関係しているらしい)によって、辺境星系と地球圏とが分断され、孤絶した星系がいかに生き延びていくかが多角的な視座で描かれた。本書は同作品の外伝にあたる。宇宙の設定は共通するが、舞台となる惑星や登場人物は別だ。
先述したワープ航法の不調が回復して以降の時代。厳しい環境下、人口もまだ少なく社会基盤が整っていない植民惑星シドンで、古い遺跡から先住民族ビチマの斬殺死体が発見される。ビチマはおよそ三〇〇〇年前にシドンに不時着した人類の恒星間宇宙船コスタ・コンコルディアの子孫なのだが、その起源は時間のなかに埋もれ、一五〇年前にこの惑星へ新しく入植した者たちによって、人間ではない未開知性と見なされ奴隷の扱いを受けていた。それが誤りだったとわかり、是正に向かったのはここ最近のことである。しかし、偏見や差別はまだ根強く残っている。
さて、発見された死体だが、シドンの特殊な気候・地質条件では年代の特定は困難だった。しかし、状況証拠から、これがビチマ伝説の女王イツク・バンバラのものではないかとの仮説が持ちあがる。シドンの複雑に入り組んだ人種問題のもと、この遺体発見をきっかけに住民間に緊張が高まり、ともすれば収拾のつかぬ混乱へと発展しかねない。
地球圏からこの惑星に赴いている弁務官クワズ・ナタールは、この状況を自分の権限だけでは扱いきれないと判断し、旧知の調停官テクン・ウマンを招聘する。テクンがこの物語の探偵役となり、過去の殺人(?)事件の謎を解きあかしていく過程が物語のひとつの柱だ。そうやって読めば、本書は正統なSFミステリである。
しかし、むしろ読みどころはシドンの失われた歴史にかかわる文化人類学的な視座や、民族問題や差別構造へ切りこむ批判的姿勢だ。アーシュラ・K・ル・グィンやマイクル・ビショップを髣髴させるところもあるが、林譲治は巨視的というか、実際的な政治に軸足を置いている。
テクンとクワズのほか、さまざまな立場や考え方の登場人物が物語にかかわってくる。暫定自治政府の議員、研究者、実業家、警察局長、ビチマの顔役......。いくつもの協力関係やコンフリクトがあるが、それが固定されたものではなく、状況の推移によって流動的に変わっていくのも、林譲治作品ならではだ。
(牧眞司)