【今週はこれを読め! エンタメ編】フレッシュな執筆陣のアンソロジー『行きたくない』

文=松井ゆかり

  • 行きたくない (角川文庫)
  • 『行きたくない (角川文庫)』
    加藤 シゲアキ,阿川 せんり,渡辺 優,小嶋 陽太郎,奥田 亜希子,住野 よる
    KADOKAWA
    660円(税込)
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 人はさまざまなシチュエーションで、さまざまな場所やイベントについて「行きたくない」と感じるものだと思う。内気で引っ込み思案だった私は、小学校の入学式や引っ越し先の学校での登校初日に「行きたくない」と思ったし、会社員生活にも不安を抱いていたので入社式にも「行きたくない」と感じた。そうした節目に限らず、友だちとトラブルがあっても学校に「行きたくない」し、定期テストや運動会でも「行きたくない」という気持ちになった。こうして並べてみると改めて数々のパターンがあることに感心させられるが、本書には私の想像など軽く凌駕する「行きたくない」が収められていた。

 加藤シゲアキ、阿川せんり、渡辺優、小嶋陽太郎、奥田亜希子、住野よる。本書のフレッシュな執筆陣だ。いずれも読書好きなら知っていて決して損のない作家ばかり。最も意表を突かれたのは、渡辺優さんの「ピンポンツリースポンジ」。最も登場人物たちが魅力的だったのは、小嶋陽太郎さんの「シャイセ」。最も新しさを感じたのは、住野よるさんの「コンピレーション」。

 「ピンポンツリースポンジ」は、SFテイストな一編(アシモフの「ロボット工学三原則」が登場するので、ガチのSFファンの方々もテンション上がりそう)。「行きたくない」のは、主人公の所有するロボであり、子どもの頃の主人公でもあった。いつの時代であっても人(まあ、片方はロボなんだけど)の心に大きな隔たりはないように思われて、なんとなく安心できる。ロボのバグかも?的な出だしから、「2001年宇宙の旅」のような人間と人工知能の恐るべき対立が繰り広げられるのだろうかとどきどきしながら読み進めたが、恐怖要素はほぼなし。とはいえいろいろ考えさせられるし、それでいてハートウォーミングでもある、清々しい作品だった。

 「シャイセ」については、ぜひお読みになってこの奇妙な呼びかけが何に由来するのかを確かめていただきたい。小嶋作品においてはこのあたりのセンスがいつもすごくおかしいのだけど、主人公が会社で受けている扱いなどは笑いごとではなく気が滅入る。緩急のつけ方がいつもながらうまいなあと感心。この短編を読んで、自分勝手だったり暴力的だったり他人のさみしさにつけ込んだりするような相手に自分を消費させないでほしいと強く思った。現状を変えようとする一歩が踏み出せれば、主人公と「シャイセ」にもそれは可能だと思う。あるいは、彼女らと同じような状況にいる、この作品を読まれた読者にも。小説に勇気づけられることはよくある、読んだのが小嶋作品ならなおさらだ。

 一方「コンピレーション」は、現状打破の気運とはある意味一線を画す物語。旧態依然とした書き方であればもっと違った結末になったのではないか。これまでは若者は外向きであるべき、チャレンジングであるべきといった価値観がよしとされてきたと思うので、この展開を意外と感じる読者も多いかもしれない。しかし、「シャイセ」に関して書いたことと矛盾するようだが、個人的には主人公・桃の選択はけっこう妥当な気がしている。何よりも居心地のいい場所を求める気持ちは理解できるものだから。時代の閉塞感みたいなものを引き合いに出すのも安直だけれど、そんな世の中であってもいい意味で力の抜けた感じをよしとできるならば、まだ希望はある気がする。

 他の短編もどれもとてもよく、特に初めて読んだ加藤シゲアキさんの筆力には驚かされた。加藤さんは言わずと知れたジャニーズ事務所所属の男性アイドルグループ・NEWSの一員。これまでにも数冊の著書を刊行されている作家でもいらっしゃるのだが、どうしても「芸能人が書いてるんでしょ?」という先入観を持たれていた方も多いと思う(というか、私もそうだったことがバレたわけですけど。反省します)。スルーしてたらもったいないですよ!

 生きていれば、「行きたくない」と思う場面にはいくつも出くわすだろう。そのときにこのアンソロジーを思い出して、「やっぱり行ってみようかな」と思えるなら万々歳だし、反対に「考えてみたら行かなくてもいいんじゃね?」となるのもアリなわけだ。「行きたくない」ならまだいい。ある主人公のように、「いきたくない」と聞いて「生きたくない」を連想するようなことがあれば、そのときは黄色信号だろう。生きるのをやめてしまえば、そもそも行くor行かないで迷うこともできなくなる。人生を投げ出すことなくなんとか踏みとどまれたなら、さまざまな価値観があっていいのだということを実感できる。それはこの本を読むだけでもわかることだ。いま現在つらいと感じている読者の方がいらしたら、読み終えて少しでも楽な気分になれますように。

(松井ゆかり)

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