【今週はこれを読め! エンタメ編】エキセントリックで濃密な恋愛小説短編集〜森美樹『神様たち』

文=松井ゆかり

 すごいものを読んでしまった。恋愛小説どころか恋愛そのものにも縁遠い身には、少々刺激が強い短編が並んでいる。世の中にはこんな風に色恋沙汰に溺れる上級者たちもいるのかと恐れをなすようでは、小説で楽しむに留めておくのが吉であろう。そうそう確かめようもないが、上級者たちにとってはこのくらい濃密な関係性は珍しくもないことなのだろうか。それとも、駆け引きに慣れた人々にとっても取り扱い注意な案件だろうか。

 本書は5つの作品が収録された短編集。いずれの短編も恋愛(もしかしたら肉欲)にまつわる小説であると同時に、パワースポットをめぐる小説でもある。近年神社仏閣などに注目が集まり、御朱印帳のデザインなどもびっくりするほど豊富になっていることをご存じの方も多いだろう。私自身はそのあたりのことに関心が薄く、日本人ならどんな宗教(あるいは無宗教)の人であっても参加しがちな初詣にすらあまり熱心ではない。とはいうものの、神頼み的なことには意味があるとも感じていて、何かを強く信じる気持ちが通常では出せない力を生むとも思っている。俗に言う、"信じる者は救われる"というやつだ。

 5編の中で最も印象に残ったのは、「チャーミング・マン」。主人公は、ブログから人気が出たライターの來女木誠。担当編集者との打ち合わせに向かう途中で、『縁切榎』という幟にひかれて立ち寄ったのが東京・板橋にある無人の神社だった。尋常ではない数の絵馬には、不倫相手が妻と離婚して自分と結婚することやパワハラ上司のリストラなどを願う言葉が書かれていた。そこで誠はなんと、自分の父が書いたと思われる『女と縁が切れますように 2019年1月4日 來女木ひろみ』という絵馬を見つけてしまう。ひろみはたいへんに美しい男であるが、長女の龍も次女の誠も母・勝世似だ。絵馬の日付が肝臓がんを患い入退院を繰り返すひろみの一時退院の時期に当たることに気づき、父の浮気を疑う誠。打ち合わせの翌日、勝世から『延命治療を考えておいてほしいって、言われたよ』との電話があり、女3人で家族会議を開くことに。
 
 誠の小学校の入学式の来賓や入院病棟の看護師をも魅了する父。その美貌ゆえに苦痛を強いられてきた境遇は、確かに気の毒だ。しかしながら、ひろみが誠と最後に交わした会話は、娘にとって酷なものだったと言わざるを得ない。ずっと胸に秘めてきた思いが抑えられなくなったことについては、理解はできる。しかし、娘たちに罪はないのだから。

 恋愛とか肉欲とか、そんなものに振り回されずにすめば、人間どんなに楽だろう。でも、往々にして誰かを欲する心情が最も人生を鮮やかに彩るものであることもまた、否定できない事実だ。本書において書かれているのはかなりエキセントリックな人間関係ではあるが、そもそも恋愛や肉欲といったものは大なり小なり狂気をはらんでいるといえるだろう。なりふりかまわず自分の感情に忠実に行動する登場人物たちのようになりたいかと問われれば否定するけれど、そこまで夢中になれる彼らはやはりある種の幸福を手にしているのだとも思う。神々の存在があってこそ、彼らは自分の心の赴くままに突き進むことができるのか。あるいは、神など必要とせずとも、彼らは自らの道を切り開いていくものなのか。毒気にあてられながらも、不思議と読んでいる読者の活力もみなぎってくる『神様たち』、パワースポットならぬ、パワーブックといえるかも。

(松井ゆかり)

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