【今週はこれを読め! エンタメ編】楠谷佑『ルームメイトと謎解きを』にガツンとやられる!

文=松井ゆかり

 全寮制男子校。小柄でかわいらしい顔立ちのワトソン役と長身で美形のホームズ役。いまどきのキラキラネームっぽい登場人物たち。「ミステリー小説なんだ? ライトな日常の謎系かな? それもまたよし...」などと早合点したそこのあなた、油断してるとガツンときますよ!(←油断しててガツンとやられた者より)

 物語を引っぱっていく語り手は、ワトソン役の兎川雛太(とがわ・ひなた)。高等部2年生で、空手部に所属している。埼玉県北部の霧森町に位置する私立霧森学院は、中高一貫の全寮制男子校だ。寮は新館と旧館の2棟あり、大部分の生徒は新館に入寮している。旧館、すなわち「あすなろ館」で暮らす生徒は10人に満たない。雛太は、経済的な事情によりタダ同然で住むことのできるあすなろ館の寮生のひとりなのだ。格安の寮費にもかかわらずあすなろ館の人気がないのは、建物がボロいこと以外にも理由がある。昨年、生物部だった浅香という寮生が自室で自殺するという事件が起きたのだった。

 そんな中でも、新年度からあすなろ館に新メンバーが加わった。そのうちのひとりである高2からの転入生は、雛太と同室になることに。変化の少ない学校生活においては大ニュースといえる転入生との出会いを心待ちにしていた雛太だったが、現れたのは第一印象最悪な鷹宮絵愛(たかみや・えちか)だった。取り付く島もない態度の新しいルームメイトが不審な様子を見せつつ入浴しに部屋を出た隙に、雛太が彼のベッドのシーツをめくってみると、そこにはハリネズミが(寮はペット禁止)。人間に対しては冷たい反応の新入りは、実は大の動物好きだった。

 最初はツンケンしていたふたりが、次第に相手に心を許すようになり、「ヒナ」「エチカ」と呼び合うまでに。斜に構えたような態度をとっていたエチカが、世話焼きで人情に厚い雛太と距離を縮めていく。定番ともいえる展開によって友情の大切さを実感できるのも、青春小説を読む醍醐味といえるだろう。お互いを信頼し合う雛太とエチカの姿は胸熱で、若く多感な時期だからこそ築ける関係というものもあるよなあと思った。

 とはいえ、本書はミステリー小説でもある。それも事件の内容としてはかなりハードな。昨年あすなろ館で起きた自殺の動機は、いまだわからないまま。1学年上だった浅香に対して、もっと何か力になれることがあったのではないかと雛太は悔やんでいた。その浅香と同じ生物部で先輩後輩の仲だった園部も、このところ元気がない。その日生物部は、増築された新校舎の新しい部室へ引っ越し作業中だった(ハリネズミを部活動の一環として飼育することになった結果、エチカも生物部への入部を決めていた)。ところが、階段を下りている途中の園部が何者かの手によって、生物部で飼育しているグリーンイグアナのケースごと階段から突き落とされてしまう。すぐに駆けつけたエチカは、動物を傷つけられたことに逆上し警察に通報。しかし翌日、学院の理事長の息子で生徒会長の湖城龍一郎が「警察を勝手に介入させた」とエチカを鋭く糾弾した。湖城に目をつけられたエチカの身を雛太は案じるが、悲劇的な事件が起こってしまい...。

 エチカの探偵ぶりは、「消去法で容疑者を絞る」というやり方。アガサ・クリスティ作品などでも読んだ覚えがある。しかし、エルキュール・ポアロが特に親しいわけでもない容疑者たちの中から犯人を指摘するのとは違って、同級生や先輩後輩たちなど身近な存在を疑ってみなければならないというのがキツい(どちらかというと、エチカ以上に雛太にとって)。それでも、エチカが反証を挙げてひとりひとり容疑者を除外していく謎解きのシーンには、ミステリー好きの血がどうしようもなく騒いだ。

 著者の楠谷佑さんは、高校在学中に『無気力探偵~面倒な事件、お断り~』(マイナビ出版刊)でデビューという実力の持ち主。本作が初の長編ミステリーとのことだが、キャラ立ちした登場人物たちや随所にみられるユーモアのセンスなども素晴らしい。雛太たちにあんまりかわいそうな思いをさせるものアレなんですけど、ふたりの活躍をまだまだ読ませていただけたら...と続編を待望する次第です。

(松井ゆかり)

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