【今週はこれを読め! エンタメ編】生きることを肯定してくれる連作短編集〜白尾悠『ゴールドサンセット』

文=松井ゆかり

 白尾悠という作家につかまりました。どうしていままで読んでいなかったのか、1作目2作目を積んだままにしていた過去の自分を叱り飛ばしたい。この文章を読んでくださっているあなたも、自らつかまりにいくべき。

 本書は連作短編集。共通項となっているのは、「素人中高年のそれまでの実人生が、身体表現と結び付くことによって生まれる新たな演劇の可能性を探る」という理念によって設立された「トーラスシアター」という劇団の存在。第一幕は「今日 ひろった光」、第二幕は「三年前 金の水に泳ぐ」、第三幕は「二年前 ゴールデン・ガールズ」...と、冒頭で現在進行形のエピソードがまず描かれ、そこからいったん三年前に遡って、次第に現在に近づいてくるという趣向の物語となっている。主人公の異なるそれぞれの短編は、物語が進むまではどのように関わりがあるものなのかよくわからない。

 だが、つながりが不明であっても、いずれの短編も素晴らしいものであることは早い段階でわかる。第一幕の主役である上村琴音は中学2年生。琴音は毎日、"この世界から消えるべき理由"を次から次へとあげている。彼女をこの世につなぎ止めているのは、母親を悲しませたくないということと、その他ごく少ない心残りだけだった。その日公園への道を歩いていた琴音は、コートのポケットから小銭入れを落とした怪しげな老人に遭遇し、予想もしなかった事態に巻き込まれることに。

 後悔せずに生きていくことができたら人生はずっと楽になるのに。それでなくても琴音が抱えている後悔は、中学生が背負うにしては大きいものである。さらにつらいのは、その後悔を抱かざるを得なくなったのが、琴音自身の過去の体験にも関係しているということ。同学年の女子が自殺してしまったことに関して、冷静に考えれば琴音に非があるわけではなく、責められるべき者は他にいるのだ。けれど、"もし自分が行動を起こしていたら、何かが変わっていたかもしれない"という思いに、琴音は苛まれ続けている。

 "こんなに苦しいのに生きている意味はどこにあるのか"という少女の心の叫びに、誰がどのように答えを示したかはぜひともお読みになって確かめていただきたいが、本書が生きることを肯定してくれる作品であると強調しておきたい。放っておいても人間にはいつか終わりのときが訪れるわけで、たとえ消えるべき理由ばかりがあるような気がしても、生きることからおりてしまったらそこですべては終わってしまう。本書においても、虐げられたり差別されたり軽んじられたりして周囲から傷つけられてきた人物たちが登場する。「足るを知る」を座右の銘として堅実に生きてきたのに会社を解雇された中年女性・千鹿子、家族に尽くしてきたにもかかわらず「便利な存在」となってしまった専業主婦・佐代子、そして実は琴音の隣人だった謎の老人・阿久津...。それでも、他者の評価に左右されることなく自分の信じるところに従って行動できるになった人間は強い。そういった強さがあれば、いつか"人生捨てたもんじゃない"と思える日が来るであろうから。

 各編には金色・黄金色にまつわるアイテムが登場する。きらきらとした光は、ほんとうはあらゆる人の人生を照らしているはずだ。イヤリングのような、Tシャツにプリントされた「Golden」という文字のようなささやかなものでも、私たちを輝かせてくれる。その輝きはいつか他の誰かに届いて、私たちをつないでくれる。

 さて、私がつかまってしまった白尾悠さんは、「アクロス・ザ・ユニバース」で第16回女による女のためのR-18文学賞大賞&読者賞をダブル受賞。同作を収録した『いまは、空しか見えない』(新潮社)で2018年にデビューされ、他の著書には『サード・キッチン』(河出書房新社)がある。いや、マイフェイバリット作家で選考委員の三浦しをんさんも絶賛してらしたので、白尾作品はもちろん読みたいと思っていたんですよ。それが己の怠惰ゆえ延び延びになってしまってたんですけど、順番にとらわれて3作目も読み逃すなどというさらなる失態を演じずにすんでよかった。どの作品からでもいいのでみなさんもぜひどうぞ、ぐっときますよ!

(松井ゆかり)

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