「週刊ファイト」休刊の真相

文=杉江松恋

  • 週刊ファイト スクープの舞台裏 (別冊宝島) (別冊宝島 1812 ノンフィクション)
  • 『週刊ファイト スクープの舞台裏 (別冊宝島) (別冊宝島 1812 ノンフィクション)』
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 かつて「週刊ファイト」というプロレス紙が存在した。プロレス情報以外にもボクシングやお色気なども扱う旬刊紙として1967年に出発し(のちに週刊化)、初代編集長である井上義啓(故人)によってその性格を決定付けられたのである。井上がアントニオ猪木に傾倒したために、扱う記事の大部分が新日本プロレス絡みのものとなった。また大阪に編集部があるという不利な立地条件のためにゲリラ戦法を余儀なくされた。まともに試合レポートを載せていたのでは、在京出版社の「週刊プロレス」「週刊ゴング(休刊)」といった競合誌、スポーツ各紙には勝てないのである。そのため他誌がやらないすっぱ抜きのスクープに活路を見出し、団体関係者には怖れられる存在に変わっていった。
 プロレス関係の各紙誌がスクープを重視しない理由は、プロレス団体と記者たちの間に運命共同体を結成しているといってもいいほどの暗黙の了解があり、団体にとって都合の悪い真実は書かないという姿勢で記事が書かれていたからだ。プロレス記者にとっては、特ダネよりも特落ちのほうが問題なのである。他誌・他紙に載っているスクープがその媒体にだけは載らない。それはつまり団体の広報担当者が意図的に仲間外れを作り出すからである。そうした形で強固なプロレス村の紐帯が出来上がっていた。「ファイト」ももちろん村の一員ではあったが、在阪という立場を利用してそこから一歩踏み出してみせるところがあった。関係者の機嫌を損ねないぎりぎりのところで、団体が表に出したくない情報を暴き立てる。そうした綱渡りによって「ファイト」は存続していた。これがおもしろくならないはずがない。
 宝島社の新刊『別冊宝島1812 週刊ファイト スクープの舞台裏』は、「にもかかわらず『ファイト』が休刊に追いこまれたのはなぜか」という問題を最後の編集長である井上譲二自身が振り返った書である。1967年に創刊された「ファイト」は2006年10月に1990号をもって休刊した。2000号という節目に10号を残しての幕切れである。もちろん背景にはプロレス人気の冷え込みという大問題があるのだが、井上はその点については触れていない(すでに同社から上梓した『プロレス暗黒の10年』で語り尽くしているからである)。
 本書で井上は、「ファイト」編集長時代の自分が変化から顔を背け、旧弊にしがみついたことが雑誌の未来を潰すことにつながったという反省をたびたび口にしている。プロレスの内幕を明かした暴露本を無視し、時節に合わないオールド・ライターを起用し、読者のニーズを無視した連載を開始し、と自分の「罪」を挙げ続ける「敗軍の将、兵を語る」の章はひどく痛々しいものだ。しかし、ここから学べる点も多い。
「ファイト」初代の井上義啓はファンから尊敬をこめてI編集長と呼ばれる名物男だった。部下を信用せず、ほとんどの原稿を自分で書く。必要と判断すれば自腹を切って取材費を出して部下を海外出張にも行かせる。読者との対話を重視し、入稿を無視して何時間も喫茶店で訪問者と話し続ける。そうした奇癖については『殺し 活字プロレスの哲人』(エンターブレイン)に証言がまとめられているが、その言動には自分の書く原稿と媒体をおもしろくしたいという信念が感じられ、明らかに奇人であるにも関わらず尊敬の対象となる。もっとも感心したのは自分が病のために衰えたと感じたとき、はるか年下の編集者に言い放ったという言葉だ。書き手が衰えたら、たとえそれが井上であっても切らなければならない。それが編集者の務めであると、井上は説いたのである。それから間もなく井上は自ら第一線から身を引き、休刊した「ファイト」の後を追うように癌で病没した。これほどの覚悟、雑誌の品質を保つためにはすべてを犠牲にするという態度が井上譲二編集長時代の「ファイト」にはなかったはずである(いや、たいていの雑誌にはない)。
 井上譲二が無能だったと言いたいわけではない。彼が編集長を務めた時代の、バランス感覚のよい「ファイト」は私には心地良いものだった。在阪のために地方取材が難しく、インタビューやコラムなどの読み物やスクープ記事が中心になるという紙面構成は、もしかすると10年早いものだったかもしれない。インターネットでの速報が当たり前になった現在では、週刊ベースでの試合レポートが持つ意味は格段に低下しているからだ。もしかすると「ファイト」は、最も現代的なプロレス紙として生き残れる可能性を持っていたのかもしれないのである。それだけに、「プロレス村」の因習から解き放たれることがなかったのは残念だった。本書を読んで私は「今ここに『ファイト』が健在ならば」という無念を新たにした。ここから継承されたものが何か別の形で花開くことを祈りたい。それがプロレスでなくても、もういい。「ファイト」みたいなものが読みたいんだ。
 オールドファンにとっては、「あのスクープの裏側にはこんなことがあったのか」という関心で読める本でもあるはずだ(というか、そっちが普通)。どんな記事が対象にされているのか気になるだろうから、各「ファイル」の題名だけをいくつか紹介しておこう。

・小川vs橋本「薬物疑惑」をもみ消した「やらせ撮影」の真相
・草間の「粉飾決算」をリークした坂口征二の「愛社心」と深謀遠慮
・ジミー鈴木が売り込んだ安生「道場破り事件」の壮絶写真
・「ゴマシオ」永島激怒の密通者探し 犯人はIWA浅野社長だった!
・前田が叫んだ「ぶっ殺すぞ!」50万円と謝罪広告の顛末

 個人的には、PRIDE絡みで島田裕二レフェリーに外国人選手がらみのエッセイ連載を依頼したら宣伝ばかりの原稿になって、怒った読者からの抗議であっという間に打ち切りになったという話がおもしろかったです。嫌われたんだなあ。

(杉江松恋)

  • 殺し 活字プロレスの哲人 井上義啓 追悼本 (Kamipro Books)
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