【今週はこれを読め! ミステリー編】21世紀版『そして誰もいなくなった』〜グレッチェン・マクニール『孤島の十人』

文=杉江松恋

  • 孤島の十人 (海外文庫)
  • 『孤島の十人 (海外文庫)』
    グレッチェン・マクニール,河井 直子
    扶桑社
    1,430円(税込)
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 なるほど、この手があったのか、と感心した次第。

 グレッチェン・マクニール『孤島の十人』(扶桑社ミステリー)は新世代の読者を開拓してくれるかもしれない、おもしろい試みの作品だ。

 視点人物はカミアック高校に通うメグ・プリチャードという少女である。彼女が親友のミニーとフェリーに乗っている場面から物語は始まる。酔ったのか、顔色は真っ青だ。二人は、秘密のパーティーに招待されてヘンリー島のホワイトロック邸に向かうところなのである。ミニーは精神に脆い部分があって、薬を処方されている。彼女の親から頼まれたこともあり、メグはミニーの保護者的な役割も務めているのだ。そのために自分を殺さなければならない場面も多々あるが、親友のためだから仕方ないとメグは諦めた。T・J・フレッチャーとの恋愛もその一つだ。ミニーが彼を好きなことがわかり、自分は身を引いたのである。島に着くと、なんとそのT・Jがいるではないか。元から派手なパーティーが好きではないメグは、ますます気が滅入っていく。

 若さに溢れた小説だ。千街晶之の解説によればマクニールはヤングアダルト層を主な読者として想定している作家だというから、本書もそういう作品なのだろう。二人を置いてフェリーが戻る際、船員に気をつけて過ごすように言われ、メグは「週末のパーティーでみんながやることといえば、セックスとビールの一気飲みばかりなのに。感染症と脱水症以外に何に気をつけなきゃいけないと?」と考える。要するにそういう集まりだ。

 パーティー会場の邸には初めから不穏な空気が流れていた。サラダに混入していたナッツで、アレルギー持ちの一人が危うく命を落としかける。最悪なのは、その場にあった「わたしを見ないで」と書かれたディスクだ。画面には怪しいメッセージが表示された。

「おまえたちの行いは罪なのだ」「善良無垢な人間を守るため、手段を講じなければならない。それらの手段をまさにいま、ここで実行に移す」「復讐はわたしのもの」云々。

 これ、アガサ・クリスティー『そして誰もいなくなった』(クリスティー文庫)じゃないか。言わずと知れた古典的名作だ。孤島ものスリラーの元祖と言ってよく、謎のホストによって招待された十人の客が次々に殺されていくという物語は、その後無数のバリエーションを生んだ。作者自身の手で戯曲化され、複数回映画にもなっている。私のお気に入りは1945年にルネ・クレールが監督した最初のものである。判事役のバリー・フィッツジェラルドがいい演技をしているのだ。

 それはさておき、『孤島の十人』である。元版で最初の犠牲者は毒殺だった。そこがアレルギーによる窒息未遂に置き換えられているわけで、このあとも原作の筋をなぞったような展開になる。ジュヴナイル用に原作を書き換えるという試みはこれ以前にもあったが、本書はヤングアダルト読者向けに設定が改められた21世紀版の『そして誰もいなくなった』なのである。メグとミニー、T・Jの三角関係が物語の中心になっているので、十代のときめきとかもやもやなんてすでに忘却の彼方に行ってしまった世代には若干まだるっこしいところがあるが、すらすら読んでしまえる文体なので気にせずに通り過ぎてしまえばいい。できれば本書を読んだ若い人々が『そして誰もいなくなった』に遡れるように、前置きなり献辞なりで書名を出してくれればよかったのに。そこはマクニール、頼むぜ。

 作者は頑張っていると思う。決定的にアンフェアな箇所があるので、どうしても多少減点しなくてはならない。スリラーとしてはいいのだけど、フェアプレイを重んじる謎解き小説としては問題だからだ。いっそのこと、あの数行だけ原著者に内緒でこっそり書き換えてしまったらよかったのに。このへんの厳密さにかけては、日本作家のほうがやはり気を使っていると思う。いかに日本で孤島ミステリーが進化を遂げたかがわかる一作でもある。

 文句は言ったが、ミステリーファンを若年層に広げてくれるかもしれない試みは大いに評価したい。このあとにはヒッチコックのマクニール版変奏も準備されているそうだ。もう一度書くが、願わくば本書を読んだ人がクリスティー『そして誰もいなくなった』も手に取ってくれますように。さらにはルネ・クレール監督映画も。マクニール様のお力で一つよろしくお願いします。

(杉江松恋)

  • そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
  • 『そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』
    アガサ・クリスティー,青木久惠
    早川書房
    750円(税込)
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