【今週はこれを読め! エンタメ編】「神」と崇められた天才の死をめぐる物語〜降田天『少女マクベス』
文=高頭佐和子
天才が出てくる小説が好きだ。凡人には決して思いつかない発想をする姿に、ゾクゾクしてしまう。才能のない者がどんなに足掻いても辿り着けない場所に、当たり前のように着地する鮮やかさと、それゆえの苦悩に心を奪われる。
この小説にも魅力的な天才が登場する。舞台となる「百花演劇学校」は、高校生にあたる年齢の少女たちだけが在学し、俳優、演出家、脚本家などを目指すための専門的な勉強をする全寮制の学校という、いかにも何かが起こりそうな場所だ。物語の中心にいるのは、脚本家・演出家として他の生徒たちを圧倒する才能を持ち、「神」と崇拝される少女である。だが、彼女は物語が始まる前にこの世を去っている。
学内にある専用劇場で、新入生歓迎公演が行われる。毎年4月にあるこの公演では、前年の定期公演の脚本が上演される。昨年のコンペを『百獣のマクベス』という脚本で勝ち抜き演出も担当した設楽了は、誰もが認める天才だった。本来であれば今回の公演も演出していたはずだが、定期公演の際に舞台から奈落に転落する事故で命を落としたため、演出は了のクラスメイトで、成績優秀な結城さやかが担当している。公演は成功し安堵したさやかだが、校長に感想を聞かれた新入生・藤代貴水の発言に動揺する。彼女は全校生徒の前で「わたしは、設楽了の死の真相を調べにきました」と宣言するのだ。
了とは地元で友達だったという貴水は、故人が「魔女」に「盗聴」されていることに悩んでいたとさやかに言う。事故だと言っても納得せず、追い詰められて自殺したのではないかと疑う貴水をさやかは不愉快に思うが、そのしつこさに巻き込まれ、了に何が起きたのかを一緒に調べていく。
舞台で「魔女」を演じた三人の生徒が打ち明ける秘密、「いい舞台を作ることが正義」という考えが生んだ歪み、了が書いていたというもう一つの脚本の行方、今年こそコンペを勝ち取りたいと願うさやかを襲う悪意、不思議な魅力を持つ貴水の正体......。隠されていたことが少しずつ明らかになり、思いもよらなかった真実が姿を現す。
何者かになることを目指し、自分にはその力があると信じて、少女たちはこの特殊な学校に入学してきた。一人の天才の存在によって、それぞれの自意識は翻弄される。ひとりひとりの持つ危うさや葛藤から、目が離せない。強い光からは、影も生まれる。自分の中にある影と、登場人物たちは必死で闘っている。「神」と呼ばれて崇拝されていた了も、それは同じなのだ。傷を掻き壊した時のようなひりつく痛みと、眩しいほどの清々しさが共存する鮮烈なラストが素晴しい。彼女たちの創る舞台を、この目で観たいという欲望があふれてくる。
(高頭佐和子)