【今週はこれを読め! コミック編】奈良時代を舞台に躍動する歴史BLマンガ〜トウテムポール『赫赫 一二〇〇年前の春』
文=田中香織
読んでいる途中で、表紙と奥付を見返した。間違いない。本作はBL(ボーイズラブ)アンソロジー誌での連載である。そしてこの著者で、この出版社からの刊行であれば、内容はもちろんBLだと思っていた。だが今のところ色恋の気配は薄く、時代設定も1200年前と類を見ない。くわえて挑戦的な構図や有名な絵画のオマージュなど予想外の滑り出しで、驚きながら続きを読んだ。
物語は坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)が征夷大将軍を拝命するシーンに始まり、そこから数十年前の過去へとさかのぼる。平城京で大学頭(だいがくのかみ)を務める山部王(やまべおう)は、ある日、路上で追いはぎに襲われる。一瞬で賊を返り討ちにした彼は、とどめを刺すべく刀を振るうも、通りがかりの少年に止められる。
賊たちに事情を聴き、その命を助けるだけでなく衣服や頭髪までをも与えた少年は、山部王の身分を知っても怯むことなく、「皇族の刀は簡単に血で汚しちゃダメだ」と諭して去っていく。朝廷での日々に疲弊し、志が揺らぎつつあった山部王にとって、のちに手を取る少年・坂上田村麻呂の言葉は、強く心に残った。
奈良時代を描いたマンガは少ない。それは著者があとがきで触れているとおり、正式な資料を探す苦労もあるからだろう。BLとなればなおさらだ。一方、だからこそ史実の間を想像で補う余地が多くあるとも言える。
著者は、TV業界で働く青年たちの恋愛と仕事を描いた『東京心中』(茜新社)シリーズで知られている。現在は青年誌の『モーニング』(講談社)にて、『ジドリの女王〜氏家真知子 最後の取材〜』を連載中。週刊誌の編集者が、地方で起きた中学生の失踪と連続怪死事件の謎を追うサスペンスで、2巻は本作の1巻と同時期に発売された。
さてその後田村麻呂は、父の坂上苅田麻呂(さかのうえのかりたまろ)の陸奥行きに同行する。しかし陸奥での過酷な実態を知った田村麻呂は領地を飛び出し、賦役を逃れて隠れ住む老人と知り合う。そこに蝦夷の少年・アカも流れ着いて──。
人は歴史の中に生きている。老人から少年たちへ授けられる生活の知恵は、むろん読み手にも共有される。麻はどうやって布になるのか。傷ができた時につける薬は。史実に沿いながら進む物語の中、積み重ねられるささやかな出来事は、その地に生きた人々の暮らしを確かなものとして見せてくる。
純真な心を持ち、誰であろうと対等に接する田村麻呂と、ひそかな野望を胸に朝廷で生きる山部王。そして異能を用いて仲間を率い、戦に生きるアカ。三人の男の人生が交差していく今後の展開を楽しみにしつつ、歴史マンガとしても多くの方へ届くことを願いたい。
(田中香織)