【今週はこれを読め! コミック編】ぎゅっと抱きしめたくなる子どもたちの物語〜古田青葉『かみちゃんがいればマル』
文=田中香織
かみちゃんはりょうちゃんのおともだち。おとなりの上谷地(かみやち)さんちの子どもで、いつも紙袋をかぶっています。幼稚園のおともだちとはちょっと違うけれど、ふたりはとてもなかよしで──。
読み終わった途端、本書をぎゅっと抱きしめたくなった。もちろん、本の中の人物たちが実在しないことはわかっている。それでもどうにか応援したくなるような子どもたちが、この物語の主人公だ。
りょうちゃんこと涼子は、6歳の幼稚園児。母が切迫流産で入院したことから、隣人の上谷地家にしばしば預けられるようになった。かみちゃんとの時間は実にほほえましいものの、読み手は数ページで、かみちゃんが人間ではなく、伸縮自在な触手を持つ異形の生物であることを知る。
涼子はその後、出産を終えて自宅に戻った母と再会する。喜びいっぱいに駆け寄る涼子とは対照的に、無言のまま彼女を凝視する母の顔は、暗く恐ろしい。涼子の母は、いわゆる「上の子可愛くない症候群」に陥っていた。事態を察した夫は懸命にフォローするものの、解決の糸口はつかめない。
後日、母へのおびえを抱えたままの涼子は、かみちゃんの危機を助けようとして、逆にその触手によって救われる。ぬるぬるの触手を目にした涼子は大いに驚くが、かみちゃんを拒絶することなく受け入れ、誰にも言えなかった母への思いを打ち明ける。二人は、互いの秘密を共有することで、絆をいっそう強めていく。
シリアスな展開であっても、涼子とかみちゃんの関係はコミカルだ。幼児らしい動作とやりとりは、眺めているだけでも楽しい。話が進むにつれ、大人たちの抱えた問題とやるせなさも見えてくる。そうした中、どこか救いを感じられるのは、ユーモアあふれる描写と、成長した涼子によるモノローグの存在が大きいだろう。その「声」は、涼子とかみちゃんに、なんらかの未来があることを示している。
著者は、漫画誌『ハルタ』が主催する新人賞「八咫烏(やたがらす)杯」の第一回受賞者だ。デビュー作である本作は、webコミック「ハルタオルタ」で連載されている。連載開始時のタイトルは「かみちゃん」だったが、第18話の更新分から現在のタイトルとなった。単行本化にあたってはあとがきマンガのほか、「かみちゃんの人間観察日記」と題されたショートコミックが収録されており、番外編らしい楽しさが味わえる。
全編を通して、何気ない展開やキャラクターの動き、コマの空間やセリフの間(ま)から得られる情報の多さにも、目を見張った。書き込みや文字の量は決して多くないのに、新人らしからぬ巧みさが随所に光る。かみちゃんと涼子のこれからはもとより、著者の今後にも注目せずにはいられない。
(田中香織)

