
作家の読書道 第116回:窪美澄さん
初の単行本である『ふがいない僕は空を見た』が刊行当時から多くの人から絶賛され、今年は今年本屋大賞2位、さらには山本周五郎賞を受賞という快挙を達成した窪美澄さん。新人とは思えない熟成された文章、そして冷静だけれども温かみのある世界に対するまなざしは、どのように培われてきたのか。影響を与えられた本、小説を書くことを後押ししてくれた大切な本とは?
その3「ふがいない僕は空を見た』の斉藤くんの原型」 (3/5)
- 『私の美の世界 (新潮文庫)』
- 森 茉莉
- 新潮社
- 562円(税込)
- >> Amazon.co.jp
- >> HonyaClub.com
- >> エルパカBOOKS
- 『柿の種 (岩波文庫)』
- 寺田 寅彦
- 岩波書店
- 756円(税込)
- >> Amazon.co.jp
- >> HonyaClub.com
- >> エルパカBOOKS
- 『銀の匙 (岩波文庫)』
- 中 勘助
- 岩波書店
- 605円(税込)
- >> Amazon.co.jp
- >> HonyaClub.com
- >> エルパカBOOKS
- 『冥途』
- 内田 百けん,金井田 英津子
- パロル舎
- 2,484円(税込)
- >> Amazon.co.jp
- >> HonyaClub.com
- >> エルパカBOOKS
――高校卒業後は、どのような本を。
窪:短大の頃から20代前半にかけては森茉莉の『私の美の世界』や久坂葉子の『ドミノのお告げ』などを読んでました。それと、寺田寅彦が好きだったんですよ。随筆集の第一巻に「どんぐり」という話が入っているんです。最初の奥さんを肺病で亡くしているんですけれど、その奥さんのお腹が大きかった頃、一緒に小石川植物園に行ったら彼女が嬉しそうにどんぐりを拾っていた。子供は生まれたけれども奥さんは亡くなって、後に子供と植物園に行ったら、その子もまた嬉しそうにどんぐりを拾っている......いい話なんです。これはかなりの好きさ加減(笑)。『柿の種』も好きですね。あとは中勘助の『銀の匙』を読みましたが、これは今でも読み始めると止まらなくなってしまうくらい好きです。そのつながりで内田百閒も好きですね。『冥途』とか。明治の頃の人の暗い影があるような、あの世とこの世を行き来しているようなものがすごく好きなんです。
――国内作品が多かったのですね。
窪:海外作品では、20代の頃に大きな影響を受けた本が1冊あります。『ふがいない僕は空を見た』の斉藤くんのキャラクターの原型になったと思うんですが、ジム・キャロルの『マンハッタン少年日記』。22歳の時、史上最年少でピュリッツァー賞にノミネートされたロッカーであり詩人である著者が10代の頃から綴ってきた日記です。60年代のニューヨークで、少年がドラッグに溺れていく。これはディカプリオが主演した「バスケットボール・ダイアリーズ」という映画にもなっていますが、原作のほうがものすごくよくて、翻訳も素晴らしいんです。ドラッグほしさに男娼のようなこともするし、アブノーマルなセックスもするし、ヘイロンででろんでろんになって犯罪にも手を染めていく。だけど最後に「僕は純粋になりたい」って言う。「I wanna be pure.」って。ドロドロなのに清潔感があるんです。セックスも清潔に書けるんだ、という感覚が自分の中にすごく残りました。
――本はどのように選んでいたのですか。
窪:紀伊國屋書店などに行くと、寺田寅彦のとなりに中勘助があったりと、興味を引くものが並んでいたんですよね。そういうコーナーの作り方を書店がしていたんじゃないでしょうか。自分の好きな作家が読んでいる本は読みましたし、あとは友達が読んでいる本とか。まわりもみんな本を読んでいたんですよね。音楽もするし本も読むし映画も観る。そういうことに飢えていたんだと思います。当時はネットもないですし、ジム・キャロルも友達の誰かが「面白い」って言っていたから読んでみる気になったんだと思います。でもたくさんは読んでないですよ。気になるものがあれば、という感じで。好きな本は繰り返し読むんです。うちに来た人はみんな驚くんですが、本が少ないんです。何回も繰り返して読むものしか残していなくて、精鋭チームになっているので。
――20代はどのように過ごされたのでしょう。
窪:アルバイトをたくさんしていたんですけれど、広告を作る会社でバイトをしていたら社員になっていいよ、と拾ってくれたんです。とあるパンフレットをリライトするような仕事の時、クライアントが「この仕事はあなたの前は原田宗典さんがやっていたんだからね」と、あなたはまだまだ未熟だからこれを読みなさい、と原田さんの本を渡されて。そこから元コピーライターの作家さん、原田さんや林真理子さん、中島らもさんの本を読んでいました。私は26歳で最初の子供を産んでその子を亡くし、28歳で次の子を産むんですけれど、そんな経験もあって20代後半に読んだ本は、軽やかじゃないです。島尾敏雄の『死の棘』や『日の移ろい』とか。島尾さんの文章は読みやすくて、内容は暗いけれど水のように頭に入ってくるんです。あとは『つげ義春日記』も好きでした。閉塞感のあるような、むちっとしたもののほうががするすると入ってきていましたね。武田百合子の『富士日記』『犬が星見た』『ことば食卓』も好きでした。『富士日記』は毎年読んでいます。視点がニュートラルですよね。淡々とご飯を作って、何がいくらだったと綴って。生活が見える。でもそれだけでなく、浮き上がってくる泰淳さんに対する愛情みたいなものもあって。
- 『マンハッタン少年日記』
- ジム・キャロル
- 晶文社
- 1,944円(税込)
- >> Amazon.co.jp
- >> HonyaClub.com
- >> エルパカBOOKS
- 『バスケットボール・ダイアリーズ [DVD]』
- パイオニアLDC
- 4,104円(税込)
- >> Amazon.co.jp
- 『富士日記〈上〉 (中公文庫)』
- 武田 百合子
- 中央公論社
- 1,008円(税込)
- >> Amazon.co.jp
- >> HonyaClub.com
- >> エルパカBOOKS
- 『犬が星見た―ロシア旅行 (中公文庫)』
- 武田 百合子
- 中央公論新社
- 782円(税込)
- >> Amazon.co.jp
- >> HonyaClub.com
- >> エルパカBOOKS