第152回:中村文則さん

作家の読書道 第152回:中村文則さん

ミステリやスリラーの要素を感じさせる純文学作品で、国内外で幅広い層の読者を獲得している中村文則さん。少年時代は他人も世界も嫌いで、学校では自分を装っていたのだとか。そんな中村さんが高校生の時に衝撃を受けたのは、あの本。そして大学時代がターニングポイントに…。デビューの裏話などを含めたっぷりうかがいました。

その4「気になる同世代作家」 (4/6)

  • ロスト・シティ・レディオ (新潮クレスト・ブックス)
  • 『ロスト・シティ・レディオ (新潮クレスト・ブックス)』
    ダニエル アラルコン
    新潮社
    20,113円(税込)
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――プロになってからの読書生活はいかがですか。

中村:変わらないですね。ただ、出会った作家の本をよく読むようになりました。同時代で書いている人の作品を読んで刺激を受けたりもします。最近はトルコのノーベル賞作家、オルハン・パムクをよく読みます。『掏摸〈スリ〉』で大江健三郎賞を受賞した時に大江さんと対談したんですが、事前に質問があったら教えてと言われたんです。でも大江さんに対して質問するのはなんでも愚問になってしまう。もう大江さんがその答えになることを何かに書いている。それで我ながらいい質問を考えたなと思ったのが「今の僕に必要な本を教えてください」。大江さんに訊いたら、オルハン・パムクだと言われたんです。『白い城』を読んだら『掏摸〈スリ〉』に通じるところがありましたね。最近は自分の本が海外でも訳されているので、世界の同世代の人たちは何を書いているのかが気になって、若手の作家を探したりもします。ダニエル・アラルコンという僕と同い年のペルー出身の作家の『ロスト・シティ・レディオ』という邦訳が出ていて「おおー」と思ったり。そういう本は仕事というよりは愉しみとして読んでいます。

――国内の同世代作家はいかがですか。

中村:西加奈子さんとか、楽しく読んでいますよ。西さんには物語が生まれる海がある。ほんわかしたハッピーな話を書いたり、時々すごく暗い話を書いたりするでしょう。この海は西さんしか持っていないと思う。僕とまったく違うから刺激になります。西さんとは日中青年作家会議で一緒になったんです。事前に『さくら』を読んで上手な人だなあと思っていたんですが、その後『あおい』を読んだ時に「あれ、この人俺がイメージしてる人と違う?」と思い、『通天閣』を読んで「これはすごい才能だ」と思いました。そこからいろいろ読んでいますね。『ふくわらい』なんていいですよね。ザ・西さんという感じで。最近では小林エリカさんの『マダム・キュリーと朝食を』も面白い試みで、興味深かった。
 日中青年作家会議にまた参加することになった時、僕がメンバー選考に関わらなくてはいけなくなったんです。色んな人に「今いちばん生きのいい男子って誰?」と訊いたら「羽田圭介さん」って。羽田さんの『走ル』を読んでこの人にしようと決めました。...ということもありましたが、このあいだの芥川賞の候補になった『メタモルフォシス』を読んで、もうびっくりして。正直、自分よりも年下の純文学の男性作家でここまでいいと思ったものははじめてでした。魔力を持った傑作です。

――SMプレイに興じて、どんどん自虐的な方へと向かっていく証券マンの青年の話ですね。ごく普通の男女のカップルを見て「変態め」と心の中でつぶやくような男です。

中村:振り切ってますよね、あれは。本人もああいうのが好きなんだろうと誤解されそうなのに、思い切ってる(笑)。文学的にもすごくよくできていますよね。偉そうな言い方になってしまうけれど、一皮どころか、剥けすぎちゃってこの先どうなるのか想像できない。ああいう作品がもっと話題になって純文学が盛り上がればいいのに。

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