第192回:門井慶喜さん

作家の読書道 第192回:門井慶喜さん

今年1月、『銀河鉄道の父』で第158回直木賞を受賞した門井慶喜さん。受賞作は宮沢賢治の父親にスポットを当てた物語。他にも、美術や建築などを含め歴史が絡む作品を多く発表している門井さん。その礎を築いたのはどんな読書体験だったのだろう。

その3「時代ものにハマる」 (3/5)

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――高校生活では、どんな変化がありましたか。

門井:とにかく、空想することを憶えたのは高校時代のような気がするんです。というのは、うちから高校までが片道16キロだったんですね。自転車で1時間かかったんです。往復2時間、想像以外にやることがないんです。

――ああ、自転車だと本を読むこともできませんよね。

門井:そうなんです。朝家を出て、気づいたら学校に着いているんで危ないんですよね。その直前に読んだ漫画や見たドラマ、映画などを自分で改変する、といった空想をしていたんだと思います。当時はテレビの洋画劇場でも、吹き替えではなく字幕が結構あったんですよね。ですから台詞を字で憶えていて、添削したり推敲したりしていました。「その台詞だったらこうするほうがいい」とか「これだったらいくつか前のシーンでこれを言わせて準備させておいたほうがいい」とか。洋画劇場だったので、西部劇もあれば冒険ものもあれば恋愛ものもあったと思うんですけれど。

――本はどんなものを読んでいましたか。

門井:高校時代から歴史ものに行くようになりました。『鬼平犯科帳』を読み始めたのも高校生からのはず。司馬遼太郎とか山本周五郎もそのあたりから。
読書とどちらが先なのか分かりませんが、高校時代に、狂ったように時代劇を見ていたことがあるんです。あの頃って夜8時から9時くらいに毎日やっていたんですよ。月曜日は「水戸黄門」火曜日は「長七郎江戸日記」、水曜日は「鬼平犯科帳」、木曜日は「三匹が斬る!」、金曜日は「月影兵庫あばれ旅」、土曜日はもちろん「暴れん坊将軍」って。毎日見ていて、それが先で時代小説を読み始めたのか、時代小説を読み始めたからテレビも見るようになったのかは、ちょっと分からないんです。

――時代劇って、クライマックスで斬って斬って斬りまくるじゃないですか。門井さんは暴力描写が苦手じゃなかったのですか(笑)。

門井:おお。それはですね...。今質問されて考えついた理屈なんですが、時代ものも2種類ありまして。斬るタイプと峰打ちするタイプがあるんです。これからクライマックスの斬り合うシーンが始まるぞ、という時にカチャッと刀をひっくり返す、このシーンがあるかないかですね。「水戸黄門」と「暴れん坊将軍」はあるんです。ということは、月曜日と土曜日は人を斬っていないんです、気絶させているだけ。
でも、火水木は斬っているわけです。里見浩太朗(「長七郎江戸日記」)は斬り、「鬼平犯科帳」は悪党は斬るけれどそうでもない奴は峰打ちで許してやっていた感じですね。高橋英樹(「三匹が斬る!」)は斬っていましたね...。あ、でも、血が流れないじゃないですか。「斬った」というサインがあるだけ。一種の暴力の様式があるだけであって、暴力がないんです。と言わせてください(笑)。
でもそんなことを言ったら、織田信長なんて何の記事を読んでも暴力的ですけれど、あんまりそんな気はしていませんでしたね。それはなんでしょうね。今考えた理屈では、それは基本的に小説体じゃなく、暴力の叙述であって暴力ではないから......我ながら非常に後付け感がありますね(笑)。

――そもそも高校生の門井さんが、なぜ時代劇や時代小説にそこまで惹かれたんでしょうね。

門井:これは当時も考えていたことですが、その頃はストーリーよりも様式のほうが好きだったんだと思います。たとえばミステリのどんでん返しやものすごい伏線回収というのは、ストーリーの面白さがある代わりに、様式的な整いを破るものですよね。そこが面白さになっている。その頃の僕は、様式的な整いのほうがどうしても好きだったようです。「水戸黄門」も時々、通常とは違ってわざと30分くらいに斬り合いのシーンを持ってきてその後のエピローグを長くするなど製作者がクリエイティビティを発揮する回があったんですが、僕としては「それは良くない」と。毎回同じでなければクラシックと言えん、と思っていました。

――なるほど。そういうことがあって自分は時代ものや歴史が好きだという認識が生まれ、大学は史学科を選んだということですか。

門井:そうですね。受験の時には史学系の学科しか受けなかったですね。「歴史といえば京都だろう」という短絡的といえば短絡的な理由で、京都の同志社を第一志望にしました。

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