第202回:寺地はるなさん

作家の読書道 第202回:寺地はるなさん

婚約を破棄されどん底にいた女性が、ひょんなことから雑貨屋で働くことになって……あたかい再生の物語『ビオレタ』でポプラ社小説新人賞を受賞、以来、現代人の心の沁みる小説を発表し続けている寺地はるなさん。幼い頃は親に隠れて本を読んでいたのだとか。読書家だけど小説家を目指していたわけではなかった寺地さんが小説を書き始めたきっかけは? 読むことによって得た違和感や感動が血肉となってきたと分かる読書道です。

その4「文芸誌の存在に感動する」 (4/7)

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――実家を出られたのはいつだったのですか。

寺地:32歳で結婚して、夫が大阪に住んでいたのでそちらに越しました。まずは、書店が歩いて行ける距離あるってすごいことやなって。今までは車で行っていましたが、大阪ではそんなに街中ではないのに、最寄り駅に書店がふたつあって、すごく感動しました。
私、小説の単行本とかの最後に「初出」って書いてあるのが長年の謎だったんですよ。「初出『群像』」とか「初出『すばる』」とか。そういう雑誌があるんだろうなとは思ったんですけれど、実物を見たことがなかったので、出版関係者みたいな一部の人が読む特殊な本やろうなとか勝手に想像していました(笑)。でも、大阪の本屋で普通に置かれていて、「ああ、『群像』ってこれか」と、興奮して手に取りました。これが『群像』、これが『すばる』、これが『新潮』、これが『文學界』って。その時の会計は1万円を超えました。

――文芸誌を手あたり次第買ったということですか。

寺地:はい。大阪に来て何を見た時より一番テンションが上がりました。こういうのが当たり前に生活に入ってくる、これが大阪か、みたいな感じで。なんのこっちゃですよね(笑)。地元の図書館にも文芸誌はあったんでしょうけれど、チェックしてなかったんでしょうね。それで、毎月小説が連載で読めるなんてすごいじゃんって嬉しくなって買うんですけれど、いろいろ買うと毎月5000円以上かかってしまって。お金が続かないので、全部買っていたのは最初の何か月かでした。それでも結構買ってましたね。単行本になるよりも早く読めるってすごいことだなと思ったし、連載でちょっとずつ読めるのも楽しかったですね。新連載が始まると「あ、これは最初から読めるんだな」とまた嬉しくて。それに、いろんな方のお話が載っていますよね。それがすごくいいと今でも思うんです。内容がまったく分からない本を1冊買うって、文庫でもそれなりに勇気を要する。でも文芸誌はちょっとお試しみたいな感じで、いろんな人の小説が読める。自分にとって、はじめてガイド的な存在が現れたんです。
だから私もたまに雑誌とかに短篇を載せてもらう時は、お試しみたいな感じで誰かが読んでくれたらいいなと思って書くんです。

――そうやって読んでいるうちに、お気に入りの現代作家さんを見つけましたか。

寺地:吉村萬壱さん。文芸誌に短篇が載っていて「あ、面白い」と思って本を買って読むようになった人として代表的ですかね。絲山秋子さんも文芸誌で知りました。吉村さんはやっぱり『ボラード病』にびっくりしました。絲山さんだと『沖で待つ』かな。『小松とうさちゃん』も可愛くて好きでした。それと、朝倉かすみさんがすごく好きなんですが、朝倉さんを読み始めたのもこの時期です。どこでどう出合ったか憶えていないんですけれど。

――朝倉さんの作品では、どれが好きですか。

寺地:全部です。読んだ本は全部。

――おお。じゃあ、朝倉さんの最新作の『平場の月』とかも読まれました?

寺地:もちろんですよ。ふふ。好きな人が死んでしまう話ですけれど、でも死んだでしょ、悲しいでしょ、感動するでしょ、みたいな感じでは全然ないじゃないですか。そこがすごく素敵でしたね。つい最近読み終えたばかりで、感動が鮮明に残っています。
ああ、井上荒野さんも好きですね。

――井上さんの作品では、どれが好きですか。

寺地:全部です(笑)。わりと最近読んで印象に残っているのは『綴られる愛人』ですね。

――ああ、歳の離れた男と女が互いに自分の素性を偽って文通をするという話ですね。

寺地:そうです。お互いちょっとずつ手紙に嘘を書くんですよね。その文通相手の若い男の人がバリバリ気持ち悪くて(笑)。便箋に血をつけて「喧嘩してきたんだよ」みたいなことを書いたりして。それで、全然感動的な結末に至らないところが、すごく好きでした。

――全体的に、じわじわくる文章をお書きになる方がお好きなのかな、と。

寺地:あ、そうですね。「お話のスケールがすごい」とかいうよりも、文章そのものがどうか、かもしれません。ものすごくストーリーが面白くても文章が苦手な人だと、その本はあまり好きにならないかもしれません。それは好みですから。だから、好きな文章の人の本だったら、なんだったら未完でも読めると思います。たぶん、文章を味わいたいんですよね。

――私、最初に寺地さんの文章を読んだ時、これは純文学系の人かなって思ったんですよね。でも、ご自身ではジャンルは意識されていませんよね?

寺地:違いがあまり分かっていないんです。私は文章を味わうのが楽しいので、たぶん純文学でもエンターテインしているんですよね。楽しんでいるんですよ。
でも、考えてみると、ミステリみたいなものが好きな人がタイトルだけで本を選んだら「なんじゃこりゃ」みたいな作品に出合うこともあるわけですよね。私が「これが楽しい」と思う本でも、読んでがっかりする人もいるんですよね、きっと。だからある程度はジャンルを分けたり意識したりする必要があるのかなとは、最近思います。たとえば小川洋子さんの『人質の朗読会』とか、タイトルだけ聞くとミステリっぽいですよね。

――外国でテロが起きて、長期間人質となっていた日本人たちが結局死んでしまい、後日彼らの音声が発見される...という、あらすじ説明でも誤解されそうですね。実際はビスケット食べたりスープ作ったりする話ですものね。個人的に傑作だと思いますけれど。

寺地:私も好きでしたが、ミステリだと思って読んだ人がいたら「え」って思うのかな、って。

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