第202回:寺地はるなさん

作家の読書道 第202回:寺地はるなさん

婚約を破棄されどん底にいた女性が、ひょんなことから雑貨屋で働くことになって……あたかい再生の物語『ビオレタ』でポプラ社小説新人賞を受賞、以来、現代人の心の沁みる小説を発表し続けている寺地はるなさん。幼い頃は親に隠れて本を読んでいたのだとか。読書家だけど小説家を目指していたわけではなかった寺地さんが小説を書き始めたきっかけは? 読むことによって得た違和感や感動が血肉となってきたと分かる読書道です。

その7「新作のこと、書きたいこと」 (7/7)

  • 今日のハチミツ、あしたの私
  • 『今日のハチミツ、あしたの私』
    はるな, 寺地
    角川春樹事務所
    1,540円(税込)
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  • 架空の犬と嘘をつく猫 (単行本)
  • 『架空の犬と嘘をつく猫 (単行本)』
    寺地 はるな
    中央公論新社
    1,760円(税込)
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――ご自身は、小説の題材はどのように決めているのでしょうか。たとえば『今日のハチミツ、あしたの私』などは、養蜂のことも相当調べて書かれたのではないかと思いますが、取材をされたりするのかな、と。

寺地:題材は打ち合わせで「こういうのが読みたいです」と言われてその場で考えることが多いです。『今日のハチミツ、あしたの私』の時は養蜂のことは調べましたし、取材にも行きましたね。ちょっと離れたところから巣箱を開ける様子を見せてもらったりしました。

――『みちづれはいても、ひとり』はロードノベル風ですが、旅先の村の感じとか...。

寺地:それは以前、夫の祖父母の家に毎年10日くらい泊まりに行くイベントがあったので、その体験をもとにしました。

――新作『正しい愛と理想の息子』は、陰気な32歳と、可愛げのある30歳、違法カジノで働いて失敗して、窮地に陥っている二人の男の話ですよね。

寺地:以前、他の出版社の人に「男性同士の関係性がすごく独特でいいですよね」みたいなことを言われて「あ、そうなんだ」と思って。すごく印象に残ったのでアイデアとして保留しておいたんです。それとは別に、「愛って気持ち悪いな」とずっと思っていて、それを組み合わせたらどうやろなと思いました。打ち合わせの時に、ぼやっと「詐欺みたいなことをしている人の片方のお母さんが認知症か何かになって...」くらいの話をしたら「すごくいいですね」と褒めてくださって調子に乗って、その場で「認知症だと民生委員みたいな人も出てきますよね」とかどんどんアイデアが出てきて、書くことになりました。

――「愛って気持ち悪いな」というのは、どういう局面で、でしょうか。

寺地:自分も子どもの相手をしていると過剰に叱りすぎてしまうこともあるし、すごく悩むことも多いんです。その時に「すごく愛情を持って育てているから大丈夫だよ」みたいに慰められると、「え、愛していたら何をしてもいいの」と思って。それで、振りかざされる愛って気持ち悪いなと思ったんです。そんなに万能なものでもないでしょう、ということが言いたくて。

――「家族だから」とか「愛してるから」とか言って片づけられがちなものに対して、「そうでなくていいのではないか」ということをいつも書かれている印象が。

寺地:そうですね。いろいろ書いているようにみえて同じことをずっと書いているかもしれません。自分でも、家族は他人だってことをずーっと言っているなと思います。それと、世の中で「こういうものだよ」と言われているものを、本当にそのまま受け止めていいのかなってことは、ここ数年で本当に考えるようになりました。

――今は専業ですか? 1日のサイクルなどは。

寺地:一昨年、仕事は辞めました。毎日、子どもが8時くらいに小学校に行くので、帰ってくるまでは執筆の時間が確保できますね。少なくとも午前中はずっと書いています。1日10枚から15枚くらい書くと決めていて、もっと書きたくてもそれ以上は止めるんです。調子がいい時にガンガン書いたものって、意外と面白くないんですよ。もうちょい書きたいくらいで止めていくのがちょうどいいみたいです。結果的にそっちのほうが早く書き終えるなということにも気づきました。

――では、今後のご予定を教えてください。

寺地:「asta」で連載していた連作を、今年の4月か6月くらいに刊行する予定です。ひとつの街でマーケットみたいなものが閉店すると決まってからの1年間の話です。
「yom yom」で、「ここにない希望」という連載が始まっています。打ち合わせの時「『架空の犬と嘘をつく猫』の、お母さんが出さなかった手紙がひどくて、でもそこをもっと読みたくなりました。寺地さんのひどい部分を出していきませんか」って言われたので、性格の悪い人がたくさん出てきます(笑)。

(了)