
作家の読書道 第202回:寺地はるなさん
婚約を破棄されどん底にいた女性が、ひょんなことから雑貨屋で働くことになって……あたかい再生の物語『ビオレタ』でポプラ社小説新人賞を受賞、以来、現代人の心の沁みる小説を発表し続けている寺地はるなさん。幼い頃は親に隠れて本を読んでいたのだとか。読書家だけど小説家を目指していたわけではなかった寺地さんが小説を書き始めたきっかけは? 読むことによって得た違和感や感動が血肉となってきたと分かる読書道です。
その6「付箋をたくさん貼った本」 (6/7)
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- 『あめふらし (文春文庫)』
- 長野まゆみ
- 文藝春秋
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- Amazon
――今日お持ちくださった本の中に、たくさん付箋が貼られたものもありますよね。長野まゆみさんの『あめふらし』とか畑野智美さんの『国道沿いのファミレス』とか。
寺地:長野さんは単純に文章が好きだという。『国道沿いのファミレス』は畑野さんのデビュー作ですが、小説を書き始めた頃にテキストみたいな感じで買ったんですよ。デビュー前、新人賞受賞作みたいなものを一通り買って読んだんですね。そのなかで、これはすごく参考になりました。出だしに街の描写を入れているな、とか。お話の中でどれくらいの時間の経過とか、何週間後に事件が起こるとか、実は序盤に違和感をおぼえる場面がある、とか。そういう箇所に付箋を貼っています。畑野さんのお話は、初登場の時にちょっと嫌な感じだった人が、途中ですごく印象が変わることがあって、それがすごく、手品みたいな鮮やかさなんです。だから、これもなるほど、なるほどと思いながら読みました。
逆にデビューした後のほうが書き方が分からなくなって、初心者向けの小説の書き方の本などを読みました(笑)。ハリウッド脚本術みたいな本を読んで「そっかー」と思ったり。
――そうだったんですか。ところでそこにある、朝倉かすみさんの『静かにしなさい、でないと』にもたくさん付箋が貼られていますね。
寺地:これは本当に文章が好きで。これも30代になってから、デビュー前に読んだものです。長野さんの『あめふらし』と朝倉さんの『静かにしなさい、でないと』の2冊は、単純に表現が好きってところに付箋を貼っています。こういう好きな本はいつも鞄に入れておいて、パラパラッと見たりしていますね。
あまり読書のためにまとまった時間が取れないんです。怒られるかもしれないけれど、洗面所に短篇集とかを置いておいて、歯磨きしながら読んだりするんですよ。
――プロデビューしてから、読書生活に変化はありましたか。
寺地:本をためらいなく買えるようになりました。家族には「あんなに積んでいるのにまた買ったの」と言われますが、「読むのも必要なので」と。最近は、たくさん読みたいので好きな本を読み返すというより、新しい本が多いですね。
――そういえば、読んだ本をツイッターでつぶやかれていますよね。
寺地:インスタグラムに載せていて、たまにツイッターに連動させています。最近はもうとにかく「面白そう」という基準で選んでいます。好きな作家さんの新刊が出たら買いますし、なるべく書店に行って、コーナーが作られていたりして書店員さんが個人的な思い入れを持って推している本はなるべく買っています。推されているってことはそれだけ魅力があるってことだから。それと、普段読まないようなジャンルの本でも、話題になっているものをなるべく買って読んでいます。話題になっているということは、それだけの要素があるわけで、その要素が知りたくなります。
――では、最近面白かった本は。
寺地:ミランダ・ジュライの『最初の悪い男』がすごく面白かったです。名前は知っていたんですけれどちゃんと読んでいなくて。なんでもっと早く読まなかったんだろうと思って。1行1行、全部面白かったです。
――寺地さんは岸本佐知子さん訳のものが好きかもしれない。
寺地:ああ、翻訳者で選ぶというのもありますよね。あとは、チョ・ナムジュの『82年生まれ、キム・ジヨン』も面白かった。一昨年だったか、まだ翻訳が出ていない頃、私の『みちづれはいても、ひとり』の韓国語版が刊行された時にこの本の話題が出て、「来年翻訳が出ます」と聞いていたので、ずっと読んでみたくて、読んだら面白かったです。
――82年生まれの女性の半生を追いながら、韓国社会の女性の生きづらさが浮き彫りになっていく内容ですよね。
寺地:辛いです。ひたすら辛い。これくらい書かないと伝わらないのかなと考えながら読みましたね。チョン・セランの『フィフティ・ピープル』も面白かったですね。50人以上が出てくる群像劇で、こんなにいっぱい人が出てくるなんて書くのが大変だけど楽しそうだなって。自分でも書いてみたいなと思いました。でも、今すぐ書き始めると「真似した」と言われるので、もっと時間が経ってから(笑)。
――韓国文学の翻訳は今すごく話題作が多いですよね。翻訳者の斎藤真理子さんがすごく活躍されていて。
寺地:ああ、この2冊も翻訳が斎藤さんなんですね。すごいですね。あとは......(と、スマホを出してインスタをチェックする)。
――インスタに読んだ本の写真を挙げるのって、いい記録になりますね。
寺地:後からぱあっと一覧として見られるので便利です。ああ、そうそう、畑野智美さんの『神さまを待っている』も若い女の子の貧困を書いていて面白かったです。伊藤朱里さんの『緑の花と赤い芝生』も。
――『緑の花と赤い芝生』は、片方の結婚で義理の姉妹となったタイプの違う27歳の女性二人が、一時的に一緒に暮らす話。
寺地:すごく細かいところまで設定して書いてあるなと思いました。片方の、杏梨ちゃんというゆるふわみたいな可愛い子のことを、めっちゃハーブティー飲んでそうやなと思って読んでいたら、本当に飲んでいて。しかも「ルピシアのハーブティー」と書いてあって、「ああ、確かにルピシアって感じやわ」と思って。そういうところも面白かったです。