
作家の読書道 第205回:今村昌弘さん
2017年に鮎川哲也賞受賞作『屍人荘の殺人』でデビューした今村昌弘さん。意表を突くクローズドサークルの設定が話題となり、年末の各ミステリランキングで1位になり、本格ミステリ大賞も受賞。第2作となる『魔眼の匣の殺人』も期待を裏切らない内容で、今後の活躍が楽しみな新鋭です。でも意外にも、昔からミステリ作家を目指していたわけではなかったのだとか。ではどんな本が好きだったのか、そして作家を目指したきっかけは?
その2「ライトノベルにハマる」 (2/6)
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- 『イリヤの空、UFOの夏 その1 (電撃文庫)』
- 秋山 瑞人,駒都 えーじ
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- 『戦略拠点32098 楽園 (角川スニーカー文庫)』
- 長谷 敏司,CHOCO
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- 『ファントム アイン (角川スニーカー文庫)』
- 虚淵 玄(ニトロプラス),(有)リアクション,山田 秀樹
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- 『吸血殲鬼ヴェドゴニア WHITE NIGHT (角川スニーカー文庫)』
- 虚淵 玄(ニトロプラス),種子島 貴,山田 秀樹
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――中学生時代はいかがですか。
今村:小学生の時はお小遣いが月700円くらいだったんですけれど、高校生になって月1000円くらいもらえるようになって、通っていた塾の近くにあった古本屋さんで文庫本を買うようになりました。300円の本は高いので100円の棚から選んでいて、たぶん角川スニーカー文庫が多かった気がします。冒険ものが好きなこともあり、SFも読み始めて。憶えているのは、最初、100円の棚から三雲岳斗さんの『アース・リバース』というのを見つけたんですよ。スニーカー大賞の特別賞を受賞した作品で、1冊で完結する話なんです。それがすごく面白かったので「この人の他の作品も読んでみよう」と思い、三雲さんが電撃ゲーム小説大賞で銀賞を獲られた『コールド・ゲヘナ』も読んだら面白くて、それはシリーズとなっていたので最新作が出たら頑張って自分の小遣いで買うようになりました。今、自分が仕事をしてみると実感するんですが、ライトノベルって出るテンポがすごく早いじゃないですか。2、3か月おきに出してくれるから、読みたい作品の続きがすぐ出るのがすごく嬉しくて。本の中に挟まれている「何月の新刊」というチラシや、本屋さんの本棚の横に貼ってある新刊ラインナップの一覧を楽しみに見ていました。僕のライトノベルのはじまりは、たぶん三雲さんでした。三雲さん、今は『ストライク・ザ・ブラッド』という異能力バトルみたいなものなどを描かれていますが、以前は巨大ロボットが登場するSFも沢山書かれていて。僕はロボットが大好きなので、面白かったですね。
中高生の頃はライトノベルから面白そうなものを漁って読んでいました。『ブギーポップは笑わない』とか、『キノの旅』、『イリアの空、UFOの夏』とか。長谷敏司さんがスニーカーかでデビューされた『戦略拠点32098 楽園』というのは薄い本なんですが、それもすごく面白くて。戦う話ではないんです。宇宙戦争が繰り広げられている世界で、謎の惑星に不時着したサイボーグ兵が、その星になぜか一人で住むマリアという小さな女の子と出会うんです。その子が一緒に暮らしているのが敵軍のロボット兵で、敵同士だからいがみ合うかと思いきや、相手は「もう私に戦う理由はない」みたいなことを言い、不時着した側は「いや、今空の上で仲間たちは殺し合いをしているのになんでそんなに冷静に自分だけ平和に暮らすことができるんだ」となり、価値観の違いのぶつけ合いがあって...という。
――深遠なテーマが込められていそうですね。面白そう。
今村:たぶん、ガンダムを知ったのも中学生くらいです。アニメは見せてもらえなかったので、それもスニーカー文庫のノベライズで知ったんです。当時はたぶん、「X(機動新世紀ガンダムX)」が終わって「∀ガンダム」をテレビでやっていたくらいの頃です。ファーストガンダムなんかはアニメと小説で全然ストーリーが違ったりするんですけれど、それでも塾に行く前に本屋さんに行ってシリーズを買っていた憶えがあります。
――書店に行くのが習慣になっていたんですね。
今村:自分で本を探して買うという喜びをおぼえたんです。最初は古本屋から始まって、次第に新刊を買うようになって。高校でも読書はライトノベルが中心だったんですけれど、それで書店で見つけたのが、虚淵玄さん。今や有名なシナリオライターさんですけれど、その方の本がスニーカーで出ていて、それがアダルトゲームのノベライズだったんです。虚淵さんはニトロプラスというゲームメーカーのシナリオを書いていらして。そのメーカーの面白いところが、アダルトゲームなんだけれど色っぽくない話を作るというか。どの作品も、拳銃で撃ちあったり、日本刀で斬り合ったり、大型バイクを乗り回したりして派手なSFものの中に、申し訳程度に濡れ場を入れておく、みたいな特徴がありました。
――冒険ものの要素が詰まっていたわけですね。
今村:はい。もちろん当時は高校生だし自分のパソコンがなくてゲームもできないので、アダルトゲームのことは知らなくて。それで、たまたま『ファントム』という作品と『吸血殲鬼ヴェドゴニア』という作品がノベライズされていて、読んだら滅茶苦茶面白い。でも「原作はアダルトゲーム」って書いてあったんですよ。
印象に残っているので最近よく話すんですけれど、虚淵さんはあとがきで、要約すると「ユーザーを楽しませ、満足させる......それ以上の何物も求められないのがアダルトゲーム。何を標榜し擁護し攻撃するものでもない。ただ、娯楽でありさえすればいい」「このノベライズの話がきて、すごく申し訳なく思った。自分が楽しんでいるものは、普段は書店の片隅に置かれているからこそ楽しいものなのに、一般の人に向けてノベライズしたところで面白くないはずだ」と。でも「自分はニトロプラスの虚淵玄。覚えておいてくれたら嬉しい」みたいなことを書かれていたんです。つまり、当時の虚淵さんは、まさか自分が楽しいと思っているものがメジャーで通用するとは思っていなかった。でもその『ファントム』は売れ行きがよかったから2冊出て、2冊目のあとがきでは「自分がマイナー路線を歩む運命の星の下に生まれたことは疑っていない。ただマイナーリーグは自分の想像以上に領土が広く、自分が今までメジャーとマイナーを隔てるルビコン川だと思っていた場所は、いつもの通勤電車で何の気負いもなく渡河できてしまうんだろうか」っていうふうに書かれていたんです。
その後の活躍を見ていたら、アニメの「Fate/Zero」や「魔法少女まどか☆マギカ」、特撮「仮面ライダー鎧武/ガイム」といった、世間をビビらせるようなもののシナリオを書かれていっている。やっぱり面白いものを面白いといって全力で書かれている人のものって、こんな形で認められていくんだというのはすごく感じていました。
――高校生の時からずっと見てきたからこそ、実感されることですね。
今村:はい。今考えてみると、『屍人荘の殺人』で特殊な設定を思いついて躊躇せずに書けたのは、『吸血殲鬼ヴェドゴニア』とかを読んでいたことが大きい気がして。
あれは従来の吸血鬼ものとまったく違っているんです。吸血鬼に噛まれた高校生の少年がいて、2週間後に吸血鬼化する前に元の人間に戻るには、自分を噛んだ吸血鬼を殺さなければならない。しかも闘う方法が、自分の首を自分で切って、死にかけた状態になったら半吸血鬼化するので吸血鬼の力を使える、というものなんです。ダークヒーローみたいなものです。しかも改造した大型バイクを乗り回して、改造したショットガンを撃ちまくる。吸血鬼を探して、見つけた相手が自分を噛んだ吸血鬼でなくても、元の人間の姿に戻るまでは血が必要なので殺して血を吸う。それを夜な夜な繰り替しながら、2週間のうちに目的の奴を見つけなければならないっていう。吸血鬼ものって、こんなだったっけ、と思いました(笑)。もっとヨーロッパテイストで、金髪碧眼の美少年が出てくるといったイメージがあったのに、吸血鬼化してバイクを乗り回すなんて。
バイオレンスの部分も、当時は規制の緩いアダルト業界でようやく許されるくらいのきわどい表現方法だったりして。いわば「18禁」というのを逆手にとっていたんです。とりあえず濡れ場さえいれれば「18禁」というレーベルで売っていいんでしょ、他の部分は自由にやりますよ、っていう。要するに、文章で読んでいくノベルゲームをやっている。クリックするだけのノベルゲームよりももっと面白いゲームはいっぱいあるけれど、「18禁」にすることでそれを望む人に売れる。そのなかで面白いものを作るという、すごく上手な販売体系だと思いました。
――そうしたものに触れていたからこそ、柔軟な発想力で『屍人荘の殺人』を生み出せた、という。
今村:はい。それと、高校生か大学1年になった頃か、たまたま本屋で見つけたのが、米澤穂信先生の『氷菓』でした。僕は米澤さんが受賞された角川学園小説大賞のシリーズも結構追っていたので、『氷菓』とその次の『愚者のエンドロール』は最初にスニーカー文庫で出た時に買っているんです。それまでヒーローが活躍するものが好きだったんですけれど、『氷菓』は等身大のキャラクターで、事件らしい事件は起こらない。すごく地味なのに、物語が意外な展開を迎えて面白い、というのが衝撃的で。世界的名作って大きな出来事が起こる話が多いと思うんですけれど、日常の中で物語ができるというのがすごく新鮮でした。そこから米澤先生の本を追っていくうちに、先生が編者の一人を務められた『連城三紀彦レジェンド』を読んだんです。編者には綾辻行人先生や伊坂幸太郎先生、小野不由美先生もいて、それぞれお薦めの短篇を選んでいる。それで「ああ、面白い。連城三紀彦も読んでみよう」と思ったんですけれど、同じミステリといってもまた全然違うじゃないですか。それもすごく驚きました。
――そうですね、文体なんかもまた違いますし。
今村:最初は不倫とか、どろどろしたテーマを扱っているからとっつきづらい話かなと思ったら、もう何度も騙されて、騙され続けて、「この人の作品すごいなあ」と思って。
――何を読んだのでしょう。『戻り川心中』とか?
今村:それと、『夜よ鼠たちのために』。たぶん、大学生の頃だったと思います。