第262回: 澤田瞳子さん

作家の読書道 第262回: 澤田瞳子さん

2010年に奈良時代が舞台の『孤鷹(こよう)の天』で小説家デビュー、以来さまざまな時代、さまざまな切り口の時代・歴史小説を発表、明治から大正を舞台にした『星落ちて、なお』で2021年に直木賞を受賞した澤田瞳子さん。実は幼い頃から大変な読書家で、授業中にも本を読んで叱られていたのだとか。膨大な読書遍歴の一部と、歴史ものに興味を持ったきっかけや、プロデビューの経緯などおうかがいしました。

その8「圧巻のエンターテイメント『のち更に咲く』」 (8/8)

――新作の『のち更に咲く』、めちゃくちゃ面白かったです。がっつりエンターテインメントで、一気読みしました。平安期、藤原道長の私邸、土御門第で女房として働く小紅が主人公。これは架空の人物で、藤原保昌と保輔の兄弟の妹という設定なんですよね。

澤田:ここのところ硬い歴史ものが続いたので、想像力を働かせた楽しいものが書きたいって思っていたんです。それで、編集者に「平安ものはどうですか。面白くするよ?」と言いまして。「平安だと紫式部といったきらびやかな才女がいるけれど、そうならなかった女の子の話はどうですか」「気になっている兄弟がいるんですけれど」って。

――ああ、保昌と保輔の兄弟のことですね。当時暗躍していた袴垂という盗賊の正体が保輔ではないかという噂も実際にあったんですね。

澤田:そうなんです。兄弟で経歴が異なりすぎていて、お互いに「こんな親族嫌だな」って思っていただろうなって(笑)。貴族でありながら盗賊という伝説のある弟と、道長四天王の一人で文武に優れた部下という兄って、すごく面白いと思っていました。それで連載を始めたんですが、編集者さんが「平安ものの大河ドラマが始まりますから2月に出しましょう」って言ってくださって。

――小紅が袴垂の噂を耳ににして動揺していた折、土御門第に盗賊が入る。自室を抜け出した小紅が暗闇で遭遇したのは......という。史実の裏側をこんなに面白い話に作り上げることができるのかと圧倒されました。謎あり、アクションあり、人間ドラマあり、恋の予感のキュンとする感じもありで、これはもうたまらんわ、っていう。

澤田:雑誌連載時の担当者さんが「こことこことはくっつかないんですか」「ここはラブですね」みたいなことをすごく仰るんです(笑)。わたしも「お、それはわたしにはない視点だったな」と思って、参考にさせていただきました。

――主人公とあの人とか、お兄さんと和泉式部とか。

澤田:和泉式部と保昌は、大人のツンデレですよね。保昌は西島秀俊でイメージしてくださいって担当者に言いました。たぶん、これを書いている時ずっと「きのう何食べた?」のドラマを見ていたからです。他の登場人物はあまりイメージはないんですけれど。

――謎の少女も出てきて、彼女はいったい誰の娘なんだっていう。そして最後はタイトルの意味を噛みしめることになりました。

澤田:最終回の100枚は、取材で出かけていた五島列島の福江島で書きました。書いているうちにこれって新たな謎じゃないか? という話が出てきて、自分の中で「これでは話が終わらない!」と狼狽しました。自分で言うのもなんですけれど、あの100枚を力技でまとめて、ちゃんとタイトルにも合わせられたのが不思議。でも書いていて楽しかったです。

――いやもう、本当に面白かったです。昨年秋に刊行された『月ぞ流るる』も平安時代が舞台で、『栄花物語』の作者、赤染衛門の話でしたね。

澤田:あれは本当ならもう少し後に刊行する予定だったんですが、大河ドラマにあわせて前倒しになりました。なので、『月ぞ流るる』と『のち更に咲く』の執筆時期は、3年ほど離れているんです。『月ぞ流るる』はやはり、赤染衛門という女性は平安文学執筆者の中でもちょっと影が薄いので、どんな人なのか知りたいという気持ちがありました。
この人は何を考えていたんだろう、みたいなところから興味を引かれることは多いですね。こんな目に遭って、この人は何をどう思っていたんだろう、って。今ちょっと気になっているのが、吉村昭さんが『ニコライ遭難』で書かれた、ロシア皇帝ニコライ暗殺未遂の大津事件です。あの当時の日本では、反ロシア派の人間がかなりいたらしいんです。そんな人たちはきっと、犯人の警察官・津田三蔵ってあいつ誰? って思っていたんじゃないのかなと考えるんです。自分たちが暗殺しようとしていたのに先に手を出されちゃったよ、って。そういう人たちが何を考えてどう動いたのかは資料に載っていないので、知りたいんですよね。

――今後の刊行予定は、まず光文社から、平安時代の富士山噴火を描いた『赫夜』ですか。

澤田:『赫夜』は7月頃にようやく出せると思います。それと10月か11月くらいに、徳間書店から幕末の岡山県の話を出す予定です。幕末の物語って、奥羽越列藩同盟か薩長同盟か――佐幕か倒幕かという視点で書かれることが多いですが、その双方の間で揺れた備中高松藩の話です。この時代を描いたのはこの作品が初なんですが、連載がすごく楽しかったので、冬あたりからまた別の幕末ものの連載をやりたいなって思っています。

(了)