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野ブタ。をプロデュース
【河出書房新社】
白岩玄
定価 1,050円(税込)
2004/11
ISBN-4309016839 |
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評価:B
主人公、桐谷修二(いわゆる学校の人気者というやつ)が、転校してきたさえない小谷信太(野ブタ)を人気者へとプロデュースしていくという話。テンポよく流れる軽快な文章にぐいぐい引き込まれてあっという間に読んでしまった。一連の他愛もない会話の流れはそこらの漫才を見るより面白い。抜群のセンスが光っている。一見、野ブタのサクセスストーリーというかんじだが、その実、常に何者かを演じなくてはならない学校という場所の複雑さを皮肉るような、案外深い話なのである。学校という場所の独特の雰囲気がピシピシと痛いほど伝わってくる。「桐谷修二」というキャラクターを演じることで守り続けてきた本当の自分が、着ぐるみをはがされたことであっけなく崩壊していく。突き放すような結末が残念。素の自分の弱さに気付いたところで一勝負し、もう一歩修二を成長させて欲しかった。
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人のセックスを笑うな
【河出書房新社】
山崎ナオコーラ
定価 1,050円(税込)
2004/11
ISBN-4309016847 |
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評価:B
20歳も年上の女性をユリちゃんと呼び、かわいいと言えてしまうのだから恋の力は凄い。そんな内面とは裏腹に、端から見るとそれほど熱をあげているようには見えないのだから、分からない。恋愛とはごくごく個人的なものなので、簡単には他人に分かるものではない。だからこそそれを見て「笑うな」ということなのだろう。他人が見れば「既婚の先生が若い生徒と恋の火遊びをしている」と思われるようなことも、当の本人たちにとっては大真面目なのだ。大真面目だからこそ、笑えるし、だからこそ真実がぎっしりとつまっているのだと教えてくれている気がする。ユリちゃんの奔放な性格もかなり魅力的だが、それにも増してユリちゃんのダンナの猪熊さんがまた一枚上をいくキャラクターでいい。ほんの少ししか登場しないのだが、穏やかで妻の恋人さえ受け入れてしまうその包容力は印象的だ。希望が持てるラストもよい。
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幸福な食卓
【講談社】
瀬尾まいこ
定価 1,470円(税込)
2004/11
ISBN-4062126737 |
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評価:B
父親が自殺未遂し、母親は家を出ていき、兄は大学進学をやめ、妹は梅雨が来る度に胃を壊す。そして話は「父さんは今日で父さんを辞めようと思う」というセリフに始まる。何だかとんでもない家族である。しかし不思議と荒れてはいない。何故なら互いにとても優しいからである。一度家庭が壊れてしまった経験は、臆病なまでに家族を思いやる気持ちとして残った。その思いやりが、淡々とした毎日を穏やかで優しいものにしている。
この作家の作品ではいつも思うのだが、登場人物の人物描写がとても細かく丁寧だ。恋人へのクリスマスプレゼントとして家で飼っていた鶏をあげる(ローストチキンとして)という発想など普通なかなかない。そしてその彼女からのお返しは自分を描いた自画像・・。
小説の結末は予想外の方向へと向かい、衝撃を受ける。大切なものをなくした時、側にいてくれる人たちの存在は大きい。あまりに悲しい事件の後で、その存在に気付けたことが唯一の救いのような気がする。
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Teen Age
【双葉社】
川上弘美・瀬尾まいこ他
定価 1,365円(税込)
2004/11
ISBN-4575235091 |
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評価:B
さらさらとこぼれ落ちていく10代という特別な時間を一粒ずつ集めたような短編集。10代のきらめきがぎっしりつまった一冊。その眩しさに思わず目を細めてしまう。時間もエネルギーも持て余している10代。どこへでも行けて何にでもなれそうなのに、実際にはどこにも行けずに、ただひたすら窮屈で仕方ない、そんな年頃が様々な角度から切り取られている。ありふれた毎日の中に押し込められて鬱々としているかんじなど、よく出ている。感情がうまく伝えられずにいるところなんかも。おすすめは、瀬尾まいこの「狐フェスティバル」。転校してきた都会の女の子を伝統的な村の踊りに誘い出すという話。何よりも物語の展開のしかたが丁寧で、きちんと収まっているところが素晴らしい。起承転結ばっちりというかんじ。「ハバナとピアノ、光の尾」だけが一編異質であることが残念。話自体は悪くないのだが、一冊にまとめるからにはやはりある程度の統一感が欲しい。
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対岸の彼女
【文藝春秋】
角田光代
定価 1,680円(税込)
2004/11
ISBN-4163235108 |
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評価:B
大人になってから友達を作るのは、なるほど難しい。他愛もないおしゃべりだけで友達でいられた学生時代とは、決定的に何かが違ってしまっている。結婚して子供を持つ小夜子と結婚せずに仕事を持つ葵が同じことで悩むことはまずない。お互いに持っているものと持っていないものが違うのだ。ただ、高校生の葵と現在の小夜子がリンクしながら進んでいくことで二人が根本では同じであると分かる。一人でいることに特別不安を感じる彼女たちは、その本質に抱える不安を共有しているという点で強く結びついているのである。その不安を深く深く掘り下げていく展開に、読んでいて心が塞がれるような思いがした。心の暗い部分から目を逸らさずに、真っ直ぐ向き合っている作品である。
学校の教室という狭い空間で繰り広げられる、微妙な人間関係の描写は見事である。その中で痛々しいほどに神経をすり減らしている葵。本当に大切なものを見つけた時初めて、それまで捕らえられていた孤独から解放されていく。
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春、バーニーズで
【文藝春秋】
吉田修一
定価 1,200円(税込)
2004/11
ISBN-4163234802 |
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評価:A
小説の主人公がその後どんなふうに暮らしているのか想像してしまうことが、ある。そんな主人公にまた会えた時、彼らにも変わらず時間が流れていたんだと嬉しくなってしまう。『最後の息子』で40歳のオカマ、閻魔ちゃんと暮らしていた筒井は30代で他人の子供のパパになっていた。表題作「春、バーニーズで」ではその閻魔ちゃんとの再会を描き、時間が経ったことで穏やかに当時を思い出している。時間の流れがとても優しい。「夫婦の悪戯」では、お互いに分かり過ぎているが故に身動きが取れなくなった夫婦を描いている。一歩離れたところから観察しているような、他人の生活を覗き見ているような雰囲気が漂う。お互いに一つずつ嘘を付くというゲーム、あまりにリアルでぞっとする。鳥肌が立ってしまった。水面下で複雑に感情が絡み合っているような描写が実に巧い。
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アルヴァとイルヴァ
【文藝春秋】
エドワード・ケアリー
定価 2,310円(税込)
2004/11
ISBN-4163234705 |
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評価:C
エントラーラという小さな町のガイド本と、奇妙な双子(アルヴァとイルヴァ)の伝記が合わさった一冊。エントラーラの町の案内をしながらも、語られるのはその町に暮らし一生町に捕らわれ続けた双子の物語である。町の歴史と共に双子の歴史は語られる。それにしてもこの双子、奇妙である(アルヴァは全身に世界地図の刺青を入れる)。その奇妙さが物語に独特の雰囲気を漂わせている。成長していくに従って、外に向かっていく姉と内に向かっていく妹。全く反対の方向に向かいながらもお互いの存在を捨て去ることはできない。離れようとすればするほど、激しい痛みを伴い引き戻される。双子というものは、お互いを自分の一部と思うものなのだろうか。双子の不安定さが何となく町全体を、しいては物語全体を不安で神経質なものにしている。
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タイドランド
【角川書店】
ミッチ・カリン
定価 1,680円(税込)
2004/11
ISBN-4047914827 |
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評価:C
母親が麻薬中毒で死に、父親に連れられて来た死んだ祖母の家で父親もまた死んだところから、主人公ジェライザ=ローズの妄想の世界は始まる。たった一人になった途端、まるで現実逃避のように少女の意識は内へ内へと向かっていく。少女の境遇をかわいそうだと思う暇もないくらい目まぐるしく妄想が立ち現われ、くらくらする。その圧倒的な非現実に飲み込まれてしまう。バービー人形の頭を指にはめ、汚れた家の中を探索する少女の姿は想像しただけで気味が悪い。視覚的にも見事にぞっとするポイントを押さえている。嫌いな人は本当に嫌いになってしまいそうな濃厚な本だが、一度はまったらやみつきになるような狂った世界が延々と続く。少女が狂えば狂うほど、その孤独感が浮き彫りになっていく。全て少女の見ていた夢で、誰一人実在の人物はいないというオチになるんじゃないかと思うくらい現実とはかけ離れた異質な物語だった。
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