『K』三木卓

●今回の書評担当者●流水書房青山店 秋葉直哉

 高田渡に『系図』(1972年)というアルバムがある。真夜中にきくと手紙をかきたくなる。永山則夫の詩を歌にした「手紙を書こう」という曲がはいっているからなのかもしれない。「69」は金子光晴、「長屋の路地に」は木山捷平、「告別式」は山之口貘の詩を歌にしたものだということは知っていた。けれど、表題作である「系図」は誰の詩なのか知らずにいた。

  ぼくがこの世にやって来た夜

  おふくろはめちゃくちゃにうれしがり

  おやじはうろたえて 質屋へ走り

  それから酒屋をたたきおこした

  その酒を呑みおわるやいなや

  おやじは いっしょうけんめい

  ねじりはちまき

  死ぬほどはたらいて その通りくたばった

 先日、キセルのカバーした「系図」をきいていたら何度もきいているはずのこの曲の歌詞がとつぜんくっきりとした形をなしてこころのどこか深くに響いてきた。「ぼく」の生まれた日の夜の出来事からはじまり、両親のはたらきが綴られ、そのあと「ぼく」の娘が生まれた日の夜へとつながっていく。いったい誰の詩なのだろう。

  実は先だってぼくにも娘が出来た
  女房は滅茶苦茶にうれしがり
  ボクはうろたえて質屋へ走り
  それから酒屋をたたき起こしたのだ

 それは1966年に刊行された『東京午前三時』(思潮社)に収録されていた三木卓の詩だった。『裸足と貝殻』『柴笛と地図』(ともに集英社)といった自身の少年期から青年期にかけての自伝的小説を、ぼくは好んで読んでいたから驚いた。「系図」と三木卓が結びついてしまうとその詩は直接、三木卓の少年時代の物語とつながっていく。「系図」に急に特別な親しみを覚え、三木卓と切り離してこの歌をきくことができなくなった。そして、思い至った。三木卓が最近、亡くなった妻との思い出を小説にしたことを。そこにはおそらく、ぼくのまだ知らない「娘が出来」て、「女房が滅茶苦茶にうれしが」ったときのことが描かれているはずだ、と。

『K』に描かれていたのは、ぼくが「系図」をきいてなんとなく想像していた光景とはかけ離れたものだった。しかしそれでも、娘が出来たころのことが描かれ、その後の夫婦の生活を読みすすめていくうち、ぼくは不思議な感動に包まれていた。

 物語を読み終えてからもういちど「系図」をきいた。そこからひとりの詩人の、小説家の、翻訳家の人生が、壁にぶつかりながらもそこから必死に生き抜いたひとつの魂の、誕生から、妻を亡くして残された現在に至る80年にも及ぼうとする長い歳月が、このユーモアに溢れた反復を繰り返す詩のなかに凝縮され、行間から歓びや悲しみ苛立ち、そして生きていることのおかしみが立ち現われてくるのを感じた。

 8月も残すところあと一週間というよく晴れた土曜日、高田渡が20歳のときに出した詩集『個人的理由』(文遊社)が復刊された。「誕生」という詩を書いたとき高田渡のあたまのなかには「系図」があったのではないだろうか。どこかで、このふたつの詩がつながっている。

 亡くなった妻について書かれた『K』と、妻にあてて出された『個人的理由』が、ぼくの本棚のなかで隣りあっている。

 蛇足だけれど、「系図」がいまになってこころに響いてきたことの「個人的理由」がある。この夏、ぼくの「おふくろ」が60歳になったのだ。親不孝ものだけれど、還暦をむかえるその日を「系図」のおかげで気づき祝うことができた。三木卓と高田渡(そしてキセル)の、詩と歌のおかげで更なる親不孝を重ねずにすんだのだ。

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流水書房青山店 秋葉直哉
流水書房青山店 秋葉直哉
1981年生まれ。新刊書店と古本屋と映画館と喫茶店を行ったり来たり。今秋ニュープリントでついに上映されるらしいロベール・ブレッソンの『白夜』を楽しみにぼんやりと過ごす日々。