『差配さん』塩川桐子

●今回の書評担当者●本のがんこ堂野洲店 原口結希子

 新刊案内で思案深げに入道頭をひねるおじさんのカットを見たときから「あらなんかステキ」と思っていました。猫なのか人なのかわからない差配さん(さはいさんと読みます)と呼ばれるおじさんを主人公にした浮世絵風の江戸人情漫画らしいです。

 これは好きだわ、と事前注文をかけて、忘れて、いつもの日々を本屋で暮らし、九月の下旬になって入荷した本を見て思い出し、「あらあらなんか思ってたのとちがうわー、オヨネコぶーにゃんのようなどっちり型のお猫様。でもこれはこれでなかなかステキ」と買って帰り、夜になって日付が変わって「寝る前にちょっとだけ、ほんの少しだけ...」と頁を開いて、気が付いたら午前二時をまわっていました。多分ノンストップで三回は読みなおしたんだと思います。

 それから一か月近く経ちましたが、「良いもん読んだわー!」、「これが今年の一位やわー!」という気持ちは強くなっていくばかりです。漫画なので本屋大賞の投票対象から外れるのが残念でなりません。

 毎年本屋大賞の結果を気にかけていらっしゃるような本好きの方ならもれなくお気に召す作品です。家族、同僚、上司、お客様、たまたま来られた出版社の営業さん、声をかけられるかぎりの方々に推薦しましたが、この場をお借りして皆様にもおすすめさせていただきます。

 塩川桐子『差配さん』は素晴らしいです。

 人の手によって時間をかけて作りあげられた良いものを鑑賞することは生活の糧になると知っている貴方、「何となく表紙を覚えておいて、何処かで見掛けたら手にとってみようかな」なんて思っている場合ではありません。

 書を捨てよ(あとで拾いましょう)、町に出よ。
 最寄りの本屋まで歩いていって(なんなら車で。遠ければ電車で)、お店の人に注文を依頼しましょう。町の本屋さんは売り上げにもお客様にも餓えています。下にも置かない大歓迎のおもてなしを受けて王様気分になれること間違いなし(多分)、地元の経済活動に貢献したという功徳にもなることでしょう(きっと)。

 晴れて『差配さん』を手に入れたなら、無心になって読みましょう。

 何はさておきまずは独特の絵柄に惹かれます。
 浮世絵と現代の漫画のタッチがまぜこぜになった独特のものですが、読んでいて違和感を感じることはいっさいありません。人間も動物も、悪党ですらも、とても可愛らしくて表情が豊かで一人一人一匹一匹が魅力的です。とりわけ作中で何匹も登場する猫たちは、どれも個性的に書き分けられていて毛並みや艶で見分けがつくんじゃないかと思うほどです。

 ビジュアル面はさることながら、ストーリーも珠玉の出来です。
 子捨てに、心中詐欺に、病気の子どもが死んでしまう話にと、あらすじだけを聞いてみるとどうにも重たい感じを受けますが、全編を通しての印象は「春風駘蕩」という言葉がこれほどしっくりくる作品はない、というくらいやさしくおだやかなものであるのは、のびやかな絵柄の効果はもちろん、幸も不幸も受け入れて明日のことを考えながら生きていく登場人物動物たちの気風の爽やかさからきているものなのではないでしょうか。

 読んでいるうちに、普段の暮らしのなかで溜まっていたくたいらだちやくたびれが、自分から抜けて何処かに溶けだしていくのがわかる傑作です。

 私にとっては2017年に読んだなかでのベストです。皆さんもぜひ手にとってみてください。

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本のがんこ堂野洲店 原口結希子
本のがんこ堂野洲店 原口結希子
宇治生まれ滋賀育ち、大体40歳。図書館臨職や大型書店の契約社員を転転としたのち、入社面接でなんとか社長と部長の目を欺くことに成功して本のがんこ堂に拾ってもらいました。それからもう15年は経ちますが、社長は今でもその失敗を後悔していると折にふれては強く私に伝えてきます。好きな仕事は品出しで、得意な仕事は不平不満なしでほどほど元気な長時間労働です。 滋賀県は適度に田舎で適度にひらけたよいところです。琵琶湖と山だけでできているという噂は嘘で、過ごしやすく読書にも適したよい県です。みなさんぜひ滋賀県と本のがんこ堂へお越しください。60歳を越えた今も第一線に立ち、品出し、接客、版元への苦情などオールマイティにこなす社長以下全従業員が真心こめてお待ちしております。