『FOR YOU』五十嵐 貴久

●今回の書評担当者●豊川堂カルミア店 林毅

 我が家での夕食時のこと、奇妙な光景が目に入った。その日はカレーライスだったのだけれど、見れば長女のお皿は肉だらけ。二女のお皿には人参ばかりが残っている。嫌いなのかと訊ねると、二人とも好きなものは取っておいて後で食べるのだと言う。私は美味しいものは、まず食べる性質である。(いったい誰に似たのだろう)
 我が家には猫が二匹いて、ご飯は軟らかいのに固形のキャットフードを混ぜてあげているが、揃って軟らかい(美味しい)方から食べる。(猫の方が私に似ているではないか)
 食べ物も本も同じで、美味しいのもあればそうでないものもある。一生に食べられる本は限られているわけで、ならばつまらない本と付き合うのは時間のムダ。美味しい本をひたすら読むに限る。でもまあ美味しいかどうかは、ちょっと見ただけでは分からないので「とりあえずとりあえず」と購入、自然「積ん読」本は増えてしまう。
 そんなわけで、読もう読もうと思っていた五十嵐さんの新刊をようやく読んだ(もう次の新作が出てしまっているけれど)。帯には「著者初の恋愛小説」とあるだけあって、多彩な作家のこれがなかなか新味のある一冊でありました。

 早くに母を亡くした朝美は、叔母の冬子が母親代わりだった。その叔母が四十四歳で急逝。独身だった叔母の遺品を整理していくと、彼女の日記を発見。そこには叔母のまぶしいほどの青春時代の日々と、誰にもいえなかった「たった一度の恋」が綴られていた。
 キャリアウーマンで恋愛とは縁遠いと思われた叔母だったが、高校時代の彼女は瑞々しく、いきいきとしていた。そこに現われたのが転校生の藤城。互いに好意を抱きながらも、あと一歩が踏み出せない二人。いっしょに喫茶店に入るのが特別だったり、目線が合うだけでドキドキしたり、グループでデートしたとき二人きりになって話せなくなってしまったり。あまりにいじらしい光景は、まんま自分の記憶とも重なる。三十年前を思い出すと、オジサンもなんだか甘酸っぱい気分でいっぱいになってしまう。
 で、もどかしい思いを抱えながら二人は別々の大学に入ることになり、地元に残った冬子は東京に戻った藤城となぜか連絡が取れなくなってしまう。彼女は居所を探し続けるが音信不通のまま日々が過ぎ、2年が経ったある日、校門の前に突然藤城が現れた―。
 イマドキのケータイ小説のように劇的なことは起こらないけれど、丁寧に描かれた心の動きがリアルで、胸に響いてくる。
 一方、朝美は韓流スターのインタビューに奔走する毎日。物語は映画雑誌の新人編集者の朝美の日々と、冬子の高校時代の日記が交互に綴られていくのだけれど、現在と過去の二つの物語には意外な伏線が張られていて、それが最後に交錯することになる。まるで絵に描いたようなドラマチックなラストには、思わず震えてしまう。恋愛小説としても十分読ませるのだけれど、この結末はお見事。いやホントにいい話でした。

 ベッド横に山積みになった未読本に、「何とかしてよ、これじゃタンスが開けられない」といつも妻には怒られっぱなしで、我輩は(美味しいものは先に食べる)猫である―と思っていましたが、実は娘たちと同じで美味しいものは後で味わう性質だったのですね。

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豊川堂カルミア店 林毅
豊川堂カルミア店 林毅
江戸川乱歩を読んだ小学生。アガサ・クリスティに夢中になった中学生。松本清張にふけった高校生。文字があれば何でも来いだった大学生。(東京の空は夜も明るいからと)二宮金次郎さながらに、歩きつつ本を捲った(背中には何も背負ってなかったけれども)。大学を卒業するも就職はままならず、なぜだか編集プロダクションにお世話になり、編集見習い生活。某男性誌では「あなたのパンツを見せてください」に突進し、某ゴルフ雑誌では(ルールも知らないのに)ゴルフ場にも通う。26歳ではたと気づき、珍本奇本がこれでもかと並ぶので有名な阿佐ヶ谷の本屋に転職。程なく帰郷し、創業明治7年のレトロな本屋に勤めるようになって、はや16年。日々本を眺め、頁をめくりながら、いつか本を読むだけで生活できないものかと、密かに思っていたりする。本とお酒と阪神タイガース、ネコに競馬をこよなく愛する。 1963年愛知県赤羽根町生まれ。