『頼子のために』法月綸太郎

●今回の書評担当者●有隣堂アトレ新浦安店 広沢友樹

9月21日(月) 勝木書店KaBoSあざみ野店

横丁カフェも6冊目です。折り返し地点です。いままで紹介させていただいた本は、どれも僕の人生に関わりのあったものを選んできました。半年を迎えた今回は特に僕が好きだなあ...愛しているなあと感じている作品を挙げようと思います。
法月綸太郎さんの「頼子のために」です。
頼子のために...何なの?どういう行動を起しちゃったの?という想像膨らむタイトルに惹かれて手に取ったと記憶しています。「頼子が死んだ。私たちのひとり娘だった。」で始まるこの作品は、法月さんが京都大学ミステリ研究会4回生の頃に書いた中篇をもとに25歳で完成させた驚異的な作品です。

17歳の愛娘を殺された父親西村悠史は警察の捜査に疑念を抱き、独自の推理と大胆な行動によって犯人を突き止め刺殺してしまいます。頼子を愛する想い、妻への想い、かけがえのない家族、そして犯人への憎しみをしたためたのち、自らの死によって幕を下ろすとの手記を残して。
名門女子高のスキャンダルに発展する可能性が鑑みられ、関係各位の複雑な思惑が錯綜するなか、名探偵法月綸太郎に再調査の依頼が舞い込みます。

最初の60ページの手記だけでも、とても趣深く心に迫る力が伝わってきます。
初めてこの物語を読んだとき僕は、「再調査?」と首をかしげました。手記には想いのすべて、犯行のすべてが告白されているのです。異論を差し挟む余地などありません。しかも西村氏は文面どおり、致死量の薬を服用し自殺行動に至っています。再調査したって手記以上の真相があるとは到底思えませんでした。だからこそ、僕はストーリィの先を興味深く積極的に読み進めることができたのです。

未読の方に多くを語るのはフェアではないので難しいのですが、僕はこの作品を読んで真実の奥深さをとても実感しました。当事者でないかぎり、その周りにいる第三者が納得し、共有している事柄であったとしても、本当の語られざる真実が多くあるのだと思います。当事者自身が口を閉ざしている。知らない振りをしていることがいっぱいあるのだなと。
法月綸太郎はその鋭い洞察力で語られざる真実まで、言葉には出しませんが肉迫します。
子供を愛すること、妻を愛すること、愛されることを改めて見つめなおすきっかけになると思います。

今回の舞台は田園都市線鷺沼―市が尾周辺です。あざみ野で下車し、あてもなく西に真っ直ぐ歩いてみます。「随分歩いたが、このあたりには書店は一軒もないのか・・・引き返そう・・・」と思ったその約50m先に勝木書店KaBoSあざみ野店が現れます。まず目を引くのが新刊棚の書名50音順です。学参や実用書の什器は魅力的でとても見やすく、文庫、新書、コミックなどの平台はサイズに合わせて設計されています。希少価値が増してきているみすず書房の棚も健在です。文芸書が比較的多く並んでおり、小説好きにも安心です。北陸は福井県出自の書店チェーンに元気をもらえました。

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有隣堂アトレ新浦安店 広沢友樹
有隣堂アトレ新浦安店 広沢友樹
1978年東京生まれ。物心ついた中学・高校時代を建築学と声優を目指して過ごす。高校では放送部に所属し、朗読を3年間経験しました。東海大学建築学科に入学後、最初の夏休みを前にして、本でも読むかノと購買で初めて能動的に手に取った本が二階堂黎人の「聖アウスラ修道院の惨劇」でした。以後、ミステリーと女性作家の純文学、及び専攻の建築書を読むようになります。趣味の書店・美術展めぐりが楽しかったので、これは仕事にしても大丈夫かなと思い、書店ばかりで就活を始め、縁あり入社を許される。入社5年目。人間をおろそかにしない。仕事も、会社も、小説も、建築も、生活も、そうでありたい。そうであってほしい。