『たそがれ清兵衛』藤沢周平

●今回の書評担当者●今野書店 松川智枝

 先日放送されたドラマ『ふつうが一番』、藤沢周平の人生の一時期を切り取った大変面白い番組でした。

〈ふつう〉かどうかは各々の考え方ですが、父がいて、その父が愛する母がいて、家族を力強く見守る祖母がいて、一生懸命働いて、一人娘を大事に育てる、とても真っ直ぐだと思います。娘の家出に右往左往し、賞を獲れるかどうかで一喜一憂する姿も、とにかく真っ直ぐです。

 そんな原っぱに立つ一本の木のような作家の姿をよく表している作品が、『たそがれ清兵衛』だと思います。

 表題作の「たそがれ清兵衛」他、姿形から渾名をつけられた「うらなり与右衛門」や「祝い人助八」、日々の行いから渾名をつけられた「ごますり甚内」や「だんまり弥助」、総勢8人の、世間からは一歩外れたようなところで日々暮らしながらも、実は凄腕の剣士であることから、藩の汚職に対抗してその腕をひっそりとふるうという物語群。

 これがまた、今の私たちの生活に置き換えて考えても、よくある話ばかりなのです。ごくごく当たり前の、ご近所さん、もしくは自分と同じではないか、という親近感。凄腕剣士ではないかもしれないけれど、誰しも、何かしら人より優れているところを持っているのが人間。それを自慢せず、むしろ周りより劣って見えるよう振る舞う者に対する作者の愛情を感じます。

 藤沢周平が考える〈ふつう〉とは、世間の当たり前には当てはまらなくても、己れの中で当たり前と思うことをひたむきに貫き通す強さなのではないでしょうか。仕事を時間内に済ませ、病弱な妻のかわりに家事をこなし、妻の世話をする夫。年をとるにつれ物忘れが激しくなり、うまくいっているようないないようなという嫁のためにいざという時に立ち上がるご隠居。ドラマはこの〈ふつう〉の暮らしの中にあるのだな、と思います。

 時にユーモラスに、時に切なく〈ふつう〉を描く藤沢周平の短編集は、自分の日常も捨てたもんではない、一日一日地道に生きよう、と思わせてくれる強さに満ちています。

« 前のページ | 次のページ »

今野書店 松川智枝
今野書店 松川智枝
最近本を読んでいると重量に手が震え、文字に焦点を合わすのに手を離してしまうようになってしまった1973年生まれ。それでも高くなる積ん読の山。