『たてもの怪談』加門七海

●今回の書評担当者●東京堂書店神田神保町店 河合靖

「たてもの怪談」を読んでいて、今でも忘れることが出来ない小学生時代のある恐ろしい出来事の記憶が完全に甦った。ずっと心の奥にしまっておいたもので今まで誰にも話した事が無い話である。

 小学校4年のとき、同級生で親友だったF君一家が心中するという悲しい出来事があった。

 その朝もいつものように集団登校の集合場所であるF君の家の前でみんなが揃うのを待っていた。でもその日に限って、出発の時間になってもF君は家から出てこなかった。帰宅後に母親から事実を聞く事になるのだが、この事件はTVニュースでも報道されたようで大きな騒ぎになっていた。

 そのF君の家の周辺で夜な夜な怪現象がおこるという噂が流れた。

「家の中から子どもが楽しそうに遊ぶ声がする」とか、「家の前でしゃがんでうつむいているF君の姿を見た」とかで、当時の僕は銭湯通いの際どうしてもF君の家を遠めに見る道を通らなければならないため、いつも目をつぶって通り過ぎていた。

 そんな噂の絶えないF君の家が取り壊されて、ある企業の社員寮としてお洒落な建物に替わったのが、F君一家が亡くなった数ヵ月後だった。しかし記憶では寮として運営されていたのは中学校2年の頃まででその後は立体駐車場になっている。この企業自体は今でも健在なので、なぜこの寮が2年足らずで撤廃されたのかは謎である。その当時様々な噂はあったのだが......。

 さて本書は加門さんが実家住まいから一人暮らしのためにマンションを購入し引っ越すまでの「引越物語」から始まり、その他、たてものにまつわる話が満載である。そして、その全てに霊現象がつきまとう。

「引越物語」は途中までマンション購入までの経緯を書いた内容で、建築専門書を多く発行しているエクスナレッジならではという読み口だが、引越し当日の話のあたりから様相が変わってくる。荷物を運び終わり、引っ越し業者も去った後、床に山積みの段ボールの片付けをして、ようやく床が見えてくるにつれ、突如それらは現れる。

 ラップ現象に始まり、幽霊慣れしている加門さんをも仰天させる怪現象が続々と続くのである。しかしこの「引越物語」は割と気軽に読める。「うーむ、オカルト寄りの引越の指南書か!」とさえ思える。しかしその他収録の8つの話はそうはいかない。

 かなり怖いし「今、何で読んでしまったのだろう」と後悔もする。読み始める際、まずは場所をお選びいただきたいと忠告しておく。

 どんな場所でも一定期間逗留して、何も現れなかったことは、今まで一度たりと無いと語っている加門さんが書いた実話である。怖くない訳が無い。

 僕がこの作品を読み始めたのは仕事で遅くなり、終電での帰宅途中の電車の中だった。

 冒頭で長々と書かせていただいた小学生のときの記憶がまざまざと甦り、人がたくさんいる今のこの電車から降りたくなくなった。ひとりになりたくなかった。鳥肌が立ち、背後をやけに気にするようになる。

 そういう時は必ず近くにそれはいるらしい......。

 最後に加門さんの作品でより一層の恐怖に浸りたい人には光文社文庫の『203号室』というホラー小説をオススメしたい!

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東京堂書店神田神保町店 河合靖
東京堂書店神田神保町店 河合靖
1961年 生まれ。高校卒業後「八重洲ブックセンター」に入社。本店、支店で28年 間勤務。その後、町の小さな本屋で2年間勤め、6年前に東京堂書店に入社、現在に至る。一応店長ではあ るが神保町では多くの物凄く元気な長老たちにまだまだ小僧扱いされている。 無頼派作家の作品と映画とバイクとロックをこよなく愛す。おやじバンド活動を定期的に行っており、バンド名は「party of meteors」。白川道大先生の最高傑作「流星たちの宴」を英訳?! 頂いちゃいました。