『追想五断章』米澤穂信

●今回の書評担当者●啓文社西条店 三島政幸

米澤穂信氏の新刊『追想五断章』を読み始めた時、おやっと思った。今までの米澤作品のような若々しい筆致があまり感じられず、落ち着き払ったというか、地に足がついた感じと言ったらいいのか、明らかにそれまでとは違うレトリックで書かれた小説だったのだ。

以前米澤氏は、あるインタビューで『ボトルネック』(新潮社)について、「自分の二十代の葬送のつもりで書いた」という発言をされていたことがある。10代から20代前半の気持ちを今のうちに書き残しておきたい、この路線は『ボトルネック』でお終いにしたい、とも言われていた。現在でも「小市民シリーズ」(『秋期限定栗きんとん事件』など)が続いているので、青春的なテーマの小説を完全に終わりにわけではないと思われるが、今回の『追想五断章』は、その発言に沿った形で発表された、「青春」の後の世界を描いた端正かつ精緻な本格ミステリである。

叔父の古本屋でバイトをしている芳光の元に、北里可南子という女性から「父の書いた小説を探して欲しい」との依頼が舞い込む。父・北里参吾の遺した小説は全部で五つあり、同人誌などに発表されたらしいが、詳細は不明。共通しているのは、どれも結末があいまいな「リドルストーリー」であること。そして可南子自身が、その5編の結末を持っているという。小説が載っていた雑誌や父の関係先などから小説が一つ一つ見つかっていくが、調査を進めるうちに、参吾が当事者となった事件「アントワープの銃声」の姿が浮かび上がってくる......。

『追想五断章』は、長編小説の中に、北里参吾の遺したリドルストーリーの本編が挿入されている構成になっている。そしてバックにある事件の全体像は少しずつ明かされ、同時に、着実に暗い影を落とすことになるのだ。

特に注目したいのが、リドルストーリーの完成度の高さである。これには目を見張るものがある。どれも結末なしでも充分味わえるだけでなく、可南子が持っている「結末」は、どれもたったの一行。その一行で、見事に落としどころを加えている。しかもここにはもう一つ、大きなサプライズが待ち受けている。隅々まで計算し尽されたその構造には、唸るしかないだろう。その結果待ち受けている真実は、予想を遙に上回るほどの苦々しさと重みを読者の前に叩き付けるのだ。
この後味は、それまでの米澤作品にもあった傾向だが、今回は特に効果的である。

『追想五断章』は、米澤穂信氏が「青春」という切り口から脱した新たな一歩を踏み出した作品として、重要な位置を占めることになるだろう。ここからさらに、ミステリ作家として熟練の境地に向かっていくのだ。

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啓文社西条店 三島政幸
啓文社西条店 三島政幸
1967年広島県生まれ。小学生時代から図書館に入り浸っていたが、読むのはもっぱら科学読み物で、小説には全く目もくれず、国語も大の苦手。しかし、鉄道好きという理由だけで中学3年の時に何気なく観た十津川警部シリーズの2時間ドラマがきっかけとなって西村京太郎を読み始め、ミステリの魅力に気付く。やがて島田荘司に嵌ってから本格的にマニアへの道を突き進み、新本格ムーブメントもリアルタイムで経験。最近は他ジャンルの本も好きだが、やっぱり基本はミステリマニアだと思う今日このごろ。