『本日、サービスデー』朱川湊人

●今回の書評担当者●啓文社西条店 三島政幸

43歳の鶴ヶ崎雄一郎は、ごくありふれた毎日を送っている。朝は会社近くの駅前、「本日、サービスデー」というのぼりが毎日立っているそば屋で、そのサービス品のゆで卵とかけそばを食べる。会社では課長だが、懸案の仕事は他社に取られそうで揉めているし、営業副部長からは早期退職者募集のファイルを見せられる。強制ではないというが、自分がリストラの対象になっているのは明らかだ。憂鬱な気持ちで帰宅しても、妻にも子供にも邪険に扱われる。映画を観たいと思ったのに、大事なビデオは庭の物置に邪魔そうに捨て置かれていた。ところがその映画ビデオの画面から、謎の女が「今日はあなたのサービスデーなのよ」と呼びかけてくるではないか。その時から、彼の人生で最高の一日が始まった、はずだったのだが......。(「本日、サービスデー」より)

朱川湊人氏といえば、直木賞受賞作『花まんま』や、『都市伝説セピア』などによって、ホラーなのに懐かしさや物悲しさを感じさせる「ノスタルジックホラー」の名手として知られる。この中短編集も、ジャンルとしてはホラーになるだろうが、ごく普通の日常を舞台にしながらも、ちょっと変わった非日常を見せてくれる。いつの間にか奇妙な世界に連れて行かれたような感覚だ。語り口も今回はユーモア性を前面に出しているため、登場人物たちの言動が妙に可笑しかったりする。

表題作の他に収められているのは、

人の死にまつわる品々を「品評」する謎のクラブ......「東京しあわせクラブ」。
バイト先の先輩が同居している、るり子という名の「右手だけの幽霊」......「あおぞら怪談」。
兄貴を見返してやるためにザリガニと格闘する......「気合入門」。
自殺した少女が三途の川で次々と見せられる、未来に出会うはずだった"未来ゴミ"の数々......「蒼い岸辺にて」。

の、計5作品。
見せ方は様々だが、全体を通して「人生が単調で何もない、などということは決してない」という主張が見え隠れしているように感じる。
「俺たちに明日はない」「あなたの知らない世界」といったレトロなアイテムが登場して、いつものノスタルジー世界をも想起させる。

「本日、サービスデー」の鶴ヶ崎さんのような、平々凡々な日々を過ごしている方が読むと、明日はきっと何かあるかも、と刺激になり、未来に希望が持てるようになるだろう。そう、あなたにとっては、明日こそが「サービスデー」かも知れないのだから。

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啓文社西条店 三島政幸
啓文社西条店 三島政幸
1967年広島県生まれ。小学生時代から図書館に入り浸っていたが、読むのはもっぱら科学読み物で、小説には全く目もくれず、国語も大の苦手。しかし、鉄道好きという理由だけで中学3年の時に何気なく観た十津川警部シリーズの2時間ドラマがきっかけとなって西村京太郎を読み始め、ミステリの魅力に気付く。やがて島田荘司に嵌ってから本格的にマニアへの道を突き進み、新本格ムーブメントもリアルタイムで経験。最近は他ジャンルの本も好きだが、やっぱり基本はミステリマニアだと思う今日このごろ。