『Aさんの場合。』やまもとりえ

●今回の書評担当者●啓文社西条店 三島政幸

 私は「Aさん」側だが、「Bさん」や「課長」の気持ちもよく分かる。

 ......いきなり何を言ってるのだ、と思われただろうが、今回取り上げる『Aさんの場合。』やまもとりえ(祥伝社)の話だ。

 とある会社の同僚で、三十代で独身、孤独が好きな女性Aさんと、同じ三十代で既婚子持ちの女性Bさん。どこにでもあるような会社風景における二人の心情の違いを描いたコミックである。コミックというよりはコミックエッセイに近い雰囲気のある作品だ。無駄を排した画風で背景などは全くなく、キャラクターも実にシンプルな線で描かれている。全体的にゆる〜い感じで読むことができる。

 しかし内容は、ゆる〜いなんてもんじゃない。登場人物たちの心の描写がリアルでシビアなのだ。

 ある日の夕方。Aさんがまだ仕事中のところを、Bさんが「あ、すみません、そろそろ失礼します」と帰っていく。Aさんはその様子を見て、「子どもがいる人は早く帰れていいわね」とぼんやり思う。そこに上司のハゲ課長が「君も早く結婚したら」と容赦のないツッコミを浴びせてくる......。一方のBさんは、キリのいいところまで仕事したいのを仕方なく切り上げる。「今ごろ『早く帰れていいわね』って言われてるんだろうな」と思いながら。保育園に娘を迎えにいって帰宅後、旦那のために食事を作って待っていると、「今日飲みだから夕飯いらない」とメールが......。

 こんな風に、同じシチュエーションにおけるAさんとBさんの立場が見事に描かれている。お互いを疎ましく思ってるし、会社でも仲良さげではないのだが、実は羨ましい気持ちもある。描かれるのは、女性にとっての「あるあるネタ」のオンパレードだ。男の私ですら「わかるわあ」と思うのだから、女性が読んだらどれほど共感できることか。

 読み進むにつれて、登場人物が増えてくる。二人の上司の「課長」、後輩でリア充っぽい女子「あの子」、自分探しの旅に出る、と言ってインドに行ってしまう後輩「イモムシ」、その欠員補充として入社する「主婦〜ズ」など。すごいのは、彼らの立場でも物語が描かれ、これがまた鋭くておもろいのだ。AさんBさん双方の立場を理解して実力も評価しながらも、「女って扱いがむずかしい」と悩む課長なんて、まるで私ではないか。しかも彼女らからは「ちゃんと仕事してください」と思われてるところまで一緒だ。違うのは、ハゲじゃないことくらいだろうか。

 インドに行ったイモムシ君の顛末なんて、自分探しの旅に出た人全員に心当たりがあるだろうなあ。いや、自分探しの旅に出る人なんて、どのくらいいるのか知らないけれども。

 普段ミステリを読む私が本書を手にしたのは、とある編集者さんから「後輩が担当した本で面白いと思うので読んでみてください」と紹介されたからで、そういう本は得てしてつまらないか、積読行きになるものだが、これはもう大正解だった。いい本に出逢わせていただいて感謝している。この文章がきっかけで本書を手に取ってくださる方が増えると嬉しい。

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啓文社西条店 三島政幸
啓文社西条店 三島政幸
1967年広島県生まれ。小学生時代から図書館に入り浸っていたが、読むのはもっぱら科学読み物で、小説には全く目もくれず、国語も大の苦手。しかし、鉄道好きという理由だけで中学3年の時に何気なく観た十津川警部シリーズの2時間ドラマがきっかけとなって西村京太郎を読み始め、ミステリの魅力に気付く。やがて島田荘司に嵌ってから本格的にマニアへの道を突き進み、新本格ムーブメントもリアルタイムで経験。最近は他ジャンルの本も好きだが、やっぱり基本はミステリマニアだと思う今日このごろ。