『私を 見て、ぎゅっと 愛して』七井 翔子

●今回の書評担当者●中原ブックランドTSUTAYA小杉店 長江貴士

人生で印象に残った小説を三冊挙げろと言われれば、二冊はすぐに挙げることが出来る。
 一冊は、東野圭吾の「白夜行」だ。
 僕は小学生の頃から本を読んでいたけど、ずっと偏った読書をしていました。小学生で「ズッコケ三人組」、中学生で「ぼくらのシリーズ」、そして高校生でシドニィ・シェルダンばっかり読んでいました。
 そんな僕が、今のようにどんな本でも読むようになったきっかけが、大学二年の時に読んだ「白夜行」です。東野圭吾の名前さえ知らなかった時ですが、古本屋でその装丁に惹かれて読んでみました。これが面白いのなんの。そこから読書にはまりました。
 そして二冊目に挙げるのが、本作「私を 見て、ぎゅっと 愛して」です。
 本作も、なんの予備知識もないまま読みました。そして読み終わった時、これほどに素晴らしい作品に出会えてよかった、と思えました。
 この作品は、著者の七井翔子が自分のHPに載せていた日記を書籍化したものです。心の病に悩む著者が、文章を書くことで心の安定を図ろうとしていた、その集積です。
 塾講師である七井翔子は、彼氏がいるにも関わらず、出会い系で知り合った男性とセックスを繰り返すことを止められない。誰かに抱かれていないと、誰かと触れ合っていないと不安で仕方ない。
 出会い系を止められないことを唯一話している親友の由香。塾講師の同僚で冗談を言い合える若林。定期的に通っている精神科の医師である名木。彼女の周りには、彼女を気に掛けてくれる様々な人々がいる。
 彼女の日常は緩やかな波を描きながら、壊れるでもなく成長するでもなく、偽りの安定を保って過ぎていく。しかし、徐々に崩壊の兆しが見えてくる。私は淋しいのに、私は孤独なのに、みんなが私から離れていってしまう...。
 この作品の持つ力に、本当に圧倒されました。まず文章が圧倒的に巧いです。その辺の作家より遥かに巧いと思います。そして何よりも、ストーリーが事実とは思えないほどの展開をみせます。ドラマよりも小説よりも遥かに激しくて、一人の女性に起こった出来事としては信じがたいし、読み進むほどに心が揺さぶられました。
 僕はこれまでも小説を読んで泣くことはあったけど、この作品を読んで流した涙はこれまでのどの涙とも違うように感じました。うまく説明は出来ないですけど、心って名前の臓器が体の中にあって、それを直に掴まれて揺さぶられたような感じでした。これが、普通の小説ではない、Webから生まれた作品によってである、ということがとにかく強く印象に残りました。
 しかし大きな問題が一つ。本書の出版社であるアスコムが倒産してしまい、今では普通に手に入れるのは難しいかもしれません。じゃあ何故ここでそんな本の書評を書いたかと言えば、言いたいことがあるからです!どこかの出版社の方、是非この作品を早く文庫にしてください!そうすれば、僕が山ほど売る(予定)です!
 さて、三冊目ですが...考えておきます。

« 前のページ | 次のページ »

中原ブックランドTSUTAYA小杉店 長江貴士
中原ブックランドTSUTAYA小杉店 長江貴士
1983年静岡県生まれ。 冬眠している間にフルスウィングで学生の身分を手放し、フリーターに。コンビニとファミレスのアルバイトを共に三ヶ月で辞めたという輝かしい実績があったので、これは好きなところで働くしかないと思い、書店員に。ご飯を食べるのも家から出るのも面倒臭いという超無気力人間ですが、書店の仕事は肌に合ったようで、しぶとく続けております。 文庫・新書担当。読んでいない本が部屋に山積みになっているのに、日々本を買い足してしまう自分を憎めきれません。