『白い部屋で月の歌を』朱川湊人

●今回の書評担当者●中目黒ブックセンター 佐藤亜希子

 先日、角川ホラー文庫の編集長とお話をさせていただく機会があった。角川ホラー文庫といったら黒いカバーのアレである。1993年の4月に創刊、以来ホラー好きの心を沸き立たせ、満たしてきた憎いアイツのことである。怪奇小説が好きなんですぅと口で言っているだけの未熟者な私ではあるが、身の程もわきまえずとんでもなく舞い上がってしまった。

 ホラー作品を好む知り合いが皆無ということもあり、ここぞとばかりに饒舌になっていたのだが(さぞかしうっとうしかったであろう)、穏やかな微笑みを浮かべた編集長が放った「佐藤さんは角川ホラー文庫の中でどの作品が一番お好きですか?」という一言にピタリと動きが止まった。

──どれ、だ?

 脳裏に黒表紙が飛び交っては消えていく。あれでもないこれでもないと軽くパニックに陥った結果、口にした答えが「白い、月のなんちゃらですね」だった。タイトルうろ覚えという無礼を働いた私に、編集長は笑顔のまま「あぁ! 朱川湊人さんの『白い部屋で月の歌を』ですね!」とよどみなく正解をおっしゃった。さすがだ。それにひきかえ私はクズだ。

 白い月のなんちゃら、もとい、朱川湊人さん著の『白い部屋で月の歌を』は第10回日本ホラー小説大賞の短編賞受賞作である。霊能力者・シシィ姫羅木のアシスタントをしているジュンという人物の語り口調で描かれる本作は怖ろしいというよりも物哀しい。そして美しい。

 シシィの除霊が終わるまでの間、己の体内に霊魂を受け入れ留めておく、つまり憑坐がジュンの仕事だ。体内に霊魂を閉じ込めている状態がジュンには"白い部屋"のように見えており、そこで彼は霊魂たちがもがく姿を目にし、罵られもする。無事に除霊が済んでも霊魂たちの思念や記憶は部屋に残り、悲しい色にばかり染め上げられたそれらはジュンを苦しめる。それでもシシィを崇拝し仕事を続けていたあるとき、彼は"白い部屋"で殺傷沙汰のショックで生霊となってしまった少女・恵利香と出会う。妄執の塊である他の霊魂たちと違い、部屋の中でよく笑い、屈託なく話す彼女にジュンは恋心を抱いてしまい......。

 というのが本作のあらすじなのだが、この時点で悲しい結末の匂いがプンプンする(伝わったかどうかは置いておく)。生霊に恋というだけで充分せつないのに、憑坐としての力が高いゆえに思うように身体を動かすことも記憶を保つこともできないジュンの正体が顕わになったとき、この物語の哀しみは頂点に達し、彼が少女を想う純粋で無垢な心が、読後感を後味が悪いにもかかわらず、とても美しいものへと変えてくれるのだ。

 その澄みきった美しさが心の片隅に残っていたのだろう。答えに窮していたあのとき、黒い表紙が飛び交う中で本作のラストシーンがふわりと蘇った。青白い月明かりの下、とある理由から山道を歩くジュンの姿。それがあまりにも綺麗で、綺麗すぎて胸が苦しくなって、思わず口から飛び出た。そう、こちらもまた想像力が乏しい私でも映像が浮かんでくる数少ない作品だったのだ。

 ちなみに、本作の続編ともいえる物語が『二十の悪夢 角川ホラー文庫創刊20周年記念アンソロジー』に収録されている。ジュンのその後が気になる方はぜひ。

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中目黒ブックセンター 佐藤亜希子
中目黒ブックセンター 佐藤亜希子
自他共に認める熱しやすく冷めやすい鉄人間(メンタルの脆さは豆腐以下)。人でも遊びでも興味をもつとす ぐのめりこむものの、周囲が認知し始めた頃には飽きていることもしばしば。だが、何故か奈良と古代魚と怪奇小説への愛は冷めない。書店勤務も6年目にな り、音響専門学校を卒業してから職を転々としていた時期を思い返しては私も成長したもんだなと自画自賛する日々を送っている。もふもふしたものと チョコを与えておけば大体ご機嫌。