『煉獄の使徒』馳星周

●今回の書評担当者●正文館書店本店 清水和子

5月29日が来るのが、待ち遠しくてなりませんでした。「おーいドラえもん、いるなら出てこーい」と呟いたのも二度三度ではありません。ドラえもんが出て来て、タイムスリップしてくれないかな~と切実に願いました。

私は、すきな作家の新刊発売日をキャッチすると、ポスターを作ってしまう癖があります。いても立ってもいられないのです。手が、ワヌワヌしてきてこの熱い想いぅをどうにかせねば~!と焦り、心を込めてポスターを作ります。今回は勢いで全店分も作り、各店に送ってしまいました。テーマは「届け!この愛、馳星周へ!」です。

ちょうどその頃、新潮社の営業の方が店に来られて私は初めてお話ししました。舞い上がって、馳星周への熱い想いをペラペラ語ってしまいましたが、その方は手作りポスターをカメラで撮って下さったのです! 編集部に見せるとおっしゃって。嗚呼すごく嬉しかったなぁ~。

そして5月29日。心を落ち着け、ページを開きます。わぁこの世界に入っていけるんだ~。

オウム真理教を題材にした小説です。ポケベルから漸く携帯になるか、そんな時代です。馳星周の取材力に圧倒されます。ノンフィクションでなく小説で、こんなにもオウムの事が克明に書かれたものはあっただろうか。オウムが新興宗教からカルト宗教になっていく様を、逃げもせずにじっくり描いていく。息苦しい。自分がまさにその場に身を置いているかのように息苦しい。

話の中心となるのは、警察の児玉とカルト宗教のナンバー2の幸田とそこに入りたての太田。彼等をみて、実際は知らないが警察もカルト宗教も構造は同じなんだなあと思いました。上層部は腐っていて下っ端だけが幻想を信じて頑張っている。そして誰も彼もが自分のエゴを剥き出しにする。馳星周の小説で凄いのはそこだ。逃げも隠れもせず、あらゆるエゴを真っ正面から描く。まるでそれがその人々の存在証明だというように。恐らく大部分の作家が意識的に外している所を。私はいつもそこで戦慄してしまう。お前も所詮そうだろう!と指を突きつけられている気がする。

金や権力や欲や復讐が交差し最後どうなるのか誰にも分からない。大きな渦の流れにただ身を任せるしかない。自分が願った環境・境遇だったのにもかかわらず。団体の恐ろしさ。児玉、幸田、太田は本当は頭がいい。しかし自分の頭で考えるのを放棄してしまった。それ故に、自分の意志とは無関係に大きな流れ、うねりに全てを委ねる、最早それしか自分を存在させる道はない。それは本当の恐怖です。

彼らはひどい状況に陥る。(地下鉄サリン事件の、あのニュース画面を思い出して下さい)洗脳されても気付かないのはこの世界ではまだマシだ。恐ろしいのは洗脳の恐怖を知っているのに、そのうねりに入らねばならないこと。

私は団体行動は苦手だし、神様も一人一人の心にそれぞれいればいいんじゃないかと思っています。

そして他人に対してひどい事をした人間は償うべきです。法律うんぬんに限らず。それが人間の本来の形だと強く思いました。

でもそれでも児玉は凄く格好良かったです!

« 前のページ | 次のページ »

正文館書店本店 清水和子
正文館書店本店 清水和子
名古屋の正文館書店勤務。文芸書担当。名古屋は良い所です。赤味噌を笑うものは赤味噌に泣くぞ!と思います。本は究極の媒体だ〜。他の書店に行くのも図書館に行くのもすき。色々な本がすきです。出勤前にうっかり読んでしまい遅刻しそうになり、凄い形相で支度してることもしばしば。すぐ舞い上がってしまうたちです。(特に文学賞発表のときなど)すきな作家の本の発売日は、♪丘を越え行こうよ〜の歌が頭の中でエンドレスに流れてます。誕生日占いが「落ち着きのないサル」だったので、心を静めてがんばりたいです。