『役たたず、』石田千

●今回の書評担当者●三省堂書店営業本部 内田剛

 どうしてこうも石田千の文章は、すんなりと、身体全体に染みわたるのだろう。憂鬱な会議のミネラルウォーターのように、ぎこちない緊張を和らげ、晴れ渡った真夏の生ビールのように、すっきりと渇きをいやしてくれる。最早、自分にとっては、空気や水のように、なくてはならない存在なのかもしれない。そう、『役たたず、』は、役に立つのだ。

 そもそも石田千(敬称略ですみません)との出会いは『月と菓子パン』である。山本容子氏のカバーも鮮やかで、「味のあるいい本」らしさが滲み出た一冊だ。発行元の晶文社の方に勧められて手にしたが、まさに一目ぼれ。これはまた素晴らしい書き手が登場したなあ、と噛みしめながら読んだことを、昨日のことのように思い出す。著者プロフィールを見たら、ちょうど自分と同世代と知って、なおさらこれから贔屓にしようと思った。

 いま手元に、その単行本があるが、タイトルそのままに、「月」と「菓子パン」のイラスト付きの著者直筆サイン本。奥付を見ると2004年4月の初版、とあるから、いまから9年前である。ここで詳しく述べるまでもなく、その後も著者は、エッセイに小説と活躍の場をますます広げていて、ほぼデビュー時から親しんで読んでいるファンのひとりとして、勝手ながら、とても嬉しく誇らしく思っている。

 しかし待ち望んだ新作は、まさかの新書(!)であった。新書コーナーで出会うとは、まさに油断大敵。石田千といえば、単行本でしょう、との先入観はあっさりと否定された。が、手にしてみれば、これはこれで、しっくりと馴染んでしまうから不思議である。この自然な重量感。いい意味での"軽さ"が、軽妙な文章のリズムと、親近感のある文体とマッチして、絶妙なのである。路地裏の野良猫だって、いつもの朝食だって、見過ごしてしまいがちな日常の風景を、素直に面白がれば、ドラマティックに変化する。過ぎ去る時間は同じなのに、なんて魅力的な、豊かな時の流れなのだろう、こういうのを、本当の贅沢っていうのだろう、と読みながら思ってしまう。

 タイトルは『役たたず』ではなくて『役たたず、』であることも見逃すことのできない重要なポイント。この読点「、」の使い方が、極めて巧妙である。サクサクと時間を刻み、言葉に余韻を与える、その効果はてき面。行間や余白まで、まったく無駄なく読ませてしまうような印象である。

 「はだ寒い日、ひさしぶりに、かたづけかたをする。」(P.10)
 「生きているうち、いつまでも、からっぽにならない。」(P.21)
 「嵐が去る、いつもの店になる。ジャズが聞こえる。」(P.56)

 コクもあればキレもある、情感たっぷりで、五感をたっぷりと刺激する、そんな石田千の文章を、これからも、そしていつまでも読み続けていたい、そう思った。

※今回のコラムは、意識的に読点「、」を増量してみましたが、素人がやるとかえって文章が読みにくくなると実証されました。残念。

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三省堂書店営業本部 内田剛
三省堂書店営業本部 内田剛
うお座のA型で酉年。書店員歴うっかり23年。 沈黙と平和をこよなく愛する自称〝アルパカ書店員〟 不本意ながらここ最近、腰痛のリハビリにはまっています。 優柔不断のくせに城や野球など白黒つくものが好き。 けっこう面倒な性格かもしれませんが何卒よろしく。