『図説 宮中晩餐会』松平乗昌編

●今回の書評担当者●三省堂書店営業本部 内田剛

  • 図説 宮中晩餐会 (ふくろうの本/日本の文化)
  • 『図説 宮中晩餐会 (ふくろうの本/日本の文化)』
    河出書房新社
    1,944円(税込)
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 我々庶民には一生縁がないと思われるのが「園遊会」や「宮中晩餐会」。だからこそ、覗いてみたくなるのが人の常。ポイントカードやクーポン券、大盛無料、おかわり自由、サイドメニューサービスなどとは無縁の世界。本の中ではあるものの、堂々と暖簾、ではなく凛と聳え立つ門扉を潜ってみよう。気分は宮澤賢治「注文の多い料理店」に出てくる青年紳士のごとし。逆に食われぬように気をつけねば。

 さすが入口から豪勢である。オールカラー、とはいかないがさすがビジュアル重視の「ふくろうの本」。目も眩むような銀食器、高貴なデザインのガラス細工......などなど、まさしくこれぞ贅の極致。魂を削り取って一級品を仕上げる職人たちの息吹が聞こえてくるようだ。

 しかし本書の主役は、鮮明に再現された桐の御紋のメニュー表。これらは、年配の方にはテレビドラマでもお馴染み「天皇の料理番」として知られた秋山徳蔵氏の貴重なコレクション。いつの時代にも蒐集家はいるものである。お蔭でこうした第一級資料が系統立った状態で後世に伝えられているのだ。ともすれば敬遠してしまいそうだが、マニアックなコレクターを白い目で見てはならないと改めて感じた。

 明治、大正、昭和とズラリと並べられたメニュー表を俯瞰しただけで、明治維新以降の近現代の歴史が生々しく見えてくる。急激な近代化の旗印のもと、「内なる式典」から「外交の手段」という要素が顕著となる。各国料理の模索からフランス料理が主流となるメニューの変遷も興味深い。

 酒は強いが、実は洋食がお嫌いだった明治天皇や、戦時中は国民同様にすいとん等の簡素な食事であった昭和天皇のエピソードなど、食が主役の話だけに、政治的な公文書以上に、食材と格闘し新たな伝統を模索する料理人たちの苦悩が目に浮かび、より一層、皇室に関わる人々の人間味も伝わってくる。

 もうひとつの楽しみは、当時のメニュー表に記載された献立が、一体何の料理であるかを推理すること。漢詩のような文字の羅列よりも併記された異国語の方が重要な手掛かりとなる。

「粕庭羅」=カステラは分かりやすいが、「黄蛋油」=マヨネーズ、「牛羹タツピョーカ」=ビーフスープ、「乾酪」=チーズ、「皿焼鰈・馬鈴薯」=グラタン、「花形饂飩」=マカロニ?......意外性の連続で、下手なミステリー小説以上に引き付けられる。

 これらのメニューが民間にも広がり、現在我々が結婚式などで親しんでいるパーティー料理にも受け継がれており、西洋料理のルーツを探る上でも欠かせない資料だ。

 さて、効果絢爛なシャンデリアの灯りが眩しすぎて、すっかり目が疲れてしまったようだ。食事もあまりに高級すぎて味わえなかった感があり。負け惜しみでなくやはり普段、食べ慣れた味がいちばん。その事実を再確認できただけでも、今回の読書は意義深いものであった。

 ちなみにこれから晩餐会に行く方には、『もしも宮中晩餐会に招かれたら』(角川Oneテーマ21)もオススメ。招かれてから読んでも充分だが、取り返しのつかない赤っ恥をかく前に予習が必要。想像力もたくましく、妄想パーティーを楽しもう。ご馳走様でした。

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三省堂書店営業本部 内田剛
三省堂書店営業本部 内田剛
うお座のA型で酉年。書店員歴うっかり23年。 沈黙と平和をこよなく愛する自称〝アルパカ書店員〟 不本意ながらここ最近、腰痛のリハビリにはまっています。 優柔不断のくせに城や野球など白黒つくものが好き。 けっこう面倒な性格かもしれませんが何卒よろしく。