『いい階段の写真集』BMC:著/西岡潔:写真

●今回の書評担当者●三省堂書店営業本部 内田剛

 いい本はいいオーラを放っている。店頭でこの本を見つけた時もそうだった。これはもうページを開く前から即買いを決断。お値段は本体価格2000円とやや高めだが、表紙よし写真よし装丁よし紙質よし内容よしの星5つ。しかしこれとまったく同じような感覚、前に一度味わったようなデジャブ感があったが、それもそのはず。好評発売中の『いいビルの写真集WEST』と同じスタッフによる続編的な内容だ。著者のBMCは「ビルマニアカフェ」の略。著者略歴からすでに注目度満点。メンバーの5人は「1950~70年代のビルがかっこいい!」をコンセプトに集結し、いいビルPRのためにイベントや「月刊ビル」発行など精力的に活動中、とのこと。今後要注目だ。

 見どころのひとつは階段の魅力を余すところなく伝える写真の良さであるが、本書が生まれたのも写真家・西岡潔氏の思い入れがきっかけ。前作『いいビルの写真集』取材中に階段にも魅了されて本書刊行のきっかけに。まるで恋人のスナップ写真のようなこの上ない階段愛が随所に感じられる。無機質で冷たい印象の人工物が、こうした写真や味わい深くマニアックなコメントによって実は活き活きとした人間味に溢れていたのだと、改めて気付かされた。「いい階段40選」に「いい階段の見どころ」、さらには「階段コラム」に「階段のつくりかた」。全編に心地よい発見に満ち溢れ、階段なんてどこも同じでは?なんて先入観を根底から覆し、普段抱く「階段」のイメージを一新させる一冊といえよう。

 メンバー5人のうち4人が大阪出身ということもあり、やや西寄りの構成であるが東京の名階段の紹介も充実で、都内近郊の方でも存分に楽しめる。大阪方面では大阪城天守閣の建設費と同等の資金が投入された綿業会館。「マヤ・インカ文明」がデザインモチーフの芝川ビル。色気を感じされるらせん階段が注目のヤマトインターナショナル大阪本社ビル。東京では、女性像の彫刻を有効利用した油脂工業会館ビル。昭和の時代感が色濃く残るニュー新橋ビル。モダンな佇まいの東京さぬき倶楽部などが強く印象に残る。とりわけ大阪神ビルディングの赤い床と塩野義製薬旧中央研究所の青い床との色鮮やかなコントラストが脳裏に焼き付く。まるでビートルズの赤盤と青盤を並べて見ているようだ。(そういえばそのジャケットもメンバーがビルの階段から顔を出しているような構図だったなと。)

 もちろん階段は本来、観賞するための物ではなく、機能を果たすために作られた物。職人たちの知恵と技の結晶ともいえる、デザインと役割を同時に果たした優れた構造物が、意外と身近な場所にもあったのだ、と率直に感動した。「階段を奈が寝る絶好のポイントは、実は段裏にある」なんてまさに目からウロコ。これからは階段を見る目も180度変わる。歩きながらちょっと寄り道しながら、まっすぐにあるいは斜めから横から下から(もちろん視線の先に気を付けて)......じっくりと味わってみよう。

 実は今回の書評コラムに素晴らしいオチを用意していたのだが、階段だけにオチではまずいと心ならず自粛を決定。尻切れとなること悪しからずご容赦を。

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三省堂書店営業本部 内田剛
三省堂書店営業本部 内田剛
うお座のA型で酉年。書店員歴うっかり23年。 沈黙と平和をこよなく愛する自称〝アルパカ書店員〟 不本意ながらここ最近、腰痛のリハビリにはまっています。 優柔不断のくせに城や野球など白黒つくものが好き。 けっこう面倒な性格かもしれませんが何卒よろしく。