『競馬の終わり』杉山俊彦

●今回の書評担当者●紀伊國屋書店仙台店 山口晋作

実際に店頭で感じているライブな気分で本を紹介したいのですが、私のライブな気分では2009年はあまりよい作品に出会えなかった一年でした。そこで年末に発行された、2009年のランキングを紹介している雑誌をいくつか読んでみて、信用できそうな紹介文から数冊のタイトルをメモして買ってみました。外れもありましたが、この一冊は当たりでした。

私はたいてい自分の働いている本屋で本を購いますが、この作品は年末に帰省先で買いました。自分の働いているところではカバーを断っているのですが、帰省先のところは丁寧にカバーをつけてくれました。カバーがかかると表紙が見えない。タイトルだけは朧気ながら覚えているけれど、著者の名前は覚えていなかったらからわからない。表紙の折り返しのところも隠れているから、どんな経歴な人なのか、過去に読んだことのある人なのかもわからない。ただただ、読み進めたい、その最後のシーンに早くたどり着きたい、と妙に集中力を発揮して読むことになったのでした。

本作は100年後の日本の競馬が舞台になっています(なんとロシアの植民地になっています)。100年後の競馬がどのように進化しているのかを想像するのは難しい話ですが、本作で描かれているように、高速化を図るため芝にかわる新素材が導入され、距離が短縮され、直線コースが増えるというのは、もっともあり得る形の一つでしょう。競馬はもちろんスピードを競うものなのだから、それは当然の発展なのかもしれません。そしてそれが当然のことならば、当然のように競走馬のサイボーグ化が導入される。生身の騎手が生身の馬に跨り競走する競馬は、タイトルの通り必然的に「終わり」を迎えてしまう。

スターウォーズ・エピソード3のラストシーンと同じくらい自明に、この小説の最後には「競馬の終わり」が書かれているはずです。そのことは読者の私もすぐに気づきましたし、100年後の生産牧場主である主人公たちも分かっていた。その決して歓迎されない最後に向かって、読者は読み進めなければならないし、登場人物たちは生きなければならない。
これは、また競馬に似ているとも思うのです。馬券を買い、新聞をたたみ、競走が始まると観客はなにもできない。いや元よりなんら働きかけることなどできないのだ、ということをやっと思い出す。ゴールを待って、その結果に自分の予想などなんの影響も与えなかったのだと思い知らされる。
そこに人生の似姿を見せつけられるのですが、競馬が人生の喩えであったり、人生が競馬の縮図であるのなら、競馬が「終わり」を迎えるこの世界で、人間はどうなっていくのだろう。競馬小説らしい鮮烈なラストのあと、言いようもない不安に駆られてしまいました。

本作は「第10回SF新人賞受賞作」ということで、SF小説であり競馬小説です。私はSFをほとんど読みませんがとても愉しめました。まったく知らないひとにとっては競馬の部分は読みにくいかもしれませんが、詳しく書いてあるのでよく読めばわかるようになると思いますので、ぜひ読んでみて下さい。牡馬がオスで、牝馬がメスです。

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紀伊國屋書店仙台店 山口晋作
紀伊國屋書店仙台店 山口晋作
1981年長野県諏訪市生まれ。アマノジャクな自分が、なんとかやってこれたのは本のおかげかなと思いこんで、本を売る人になりました。はじめの3年間は新宿で雑誌を売り、次の1年は仙台でビジネス書をやり、今は仕入れを担当しています。この仕事のいいところは、まったく興味のない本を手に取らざるをえないこと、そしてその面白さに気づいてしまうことだと思っています。