『サイゴン・タンゴ・カフェ』中山可穂

●今回の書評担当者●ダイハン書房本店 山ノ上純

サイゴン・タンゴ・カフェ (角川文庫)
『サイゴン・タンゴ・カフェ (角川文庫)』
中山 可穂
角川書店(角川グループパブリッシング)
660円(税込)
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 連載時には雑誌で読み、書籍になれば買って読み、それが文庫化されたら再び買って読む。それほど好きな、私にとって特別な作家である中山可穂さんの作品を紹介させてください。

 初めて作品に出会ったのは、かれこれ10年ほど前でしょうか。そのころ恋愛小説ばかり読んでいた私は、恋愛小説文庫フェアに入っていた『猫背の王子』の表紙の写真に惹かれ、手に取りました。この1冊で中山可穂作品の虜に。そして、発売されている作品を片っ端から購入し、読んだのです。

 中山可穂さんの描く恋愛は、呼吸するのも苦しくなるような、生死を賭けるほどの深く激しい恋愛です。1冊読み終えるごとに放心状態になってしまうぐらい。そんな作品の虜になって、初めて出た新刊が『マラケシュ心中』でした。これはもう息苦しい恋愛小説の極みみたいな、いま読み返すと体力的にしんどいなと思ってしまうぐらいの物語。発売日に一気読みしました。

 数年に一度しか新刊が出ない。その理由が分かるような気がします。夕鶴の鶴が、自分の羽を抜いて織物を作っていたように、この作家さんは自分の魂を削って、物語を紡いでいるのではないかと。ファンとしては早く新作が読みたい!と思う反面、あまり書きすぎたらこの人は消えてしまうんじゃないだろうか...と、そんな風にすら思ってしまうのです。

 今回、どの作品をおすすめしようか非常に悩んだのですが、今年1月に文庫化された『サイゴン・タンゴ・カフェ』を。全編にタンゴの音楽が流れる、情熱的なのに影があり、哀愁が漂う...そんな5つの作品が入った短編集です。

 5つの作品が、それぞれに趣の違う物語になっているのですが、その中でもやはり一番素敵なのが表題作の「サイゴン・タンゴ・カフェ」です。女性雑誌記者が、仕事のついでに休暇で滞在したハノイ。そこで偶然に迷い込んだのが"サイゴン・タンゴ・カフェ"。そこには年齢も国籍も不詳な女主人と黒猫がいて、蓄音機からタンゴが流れています。その女主人は実は日本人で、どうやら何年も前に突然消息を絶った、伝説の恋愛小説家らしく。

 舞台となるハノイの町並み、街中にあふれる街路樹の緑、燃えるような赤い花、突然のスコール、街の中の喧騒...行ったことも無いのに、まるで映画を見ているかのように次々と頭の中に情景が浮かびます。そしてこの女主人の佇まい、彼女の振り返る過去の物語。哀しくて切なくて、そこはかとなく美しい物語です。

 中山可穂作品は、どの作品も私の頭の中に鮮明に映像を送り出してくれます。
行ったことの無い国や街の風景がすんなりと頭に浮かぶのです。そしてこの『サイゴン・タンゴ・カフェ』は特に鮮明に、美しい映像が浮かぶ作品。誰か映画化してくれないかな...と、密かに願っていたりします。

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ダイハン書房本店 山ノ上純
ダイハン書房本店 山ノ上純
1971年京都生まれ。物心が付いた時には本屋の娘で、学校から帰るのも家ではなく本屋。小学校の頃はあまり本を読まなかったのですが、中学生になり電車通学を始めた頃から読書の道へ。親にコレを読めと強制されることが無かったせいか、名作や純文学・古典というものを殆ど読まずにココまで来てしまったことが唯一の無念。とにかく、何かに興味を持ったらまず、本を探して読むという習慣が身に付きました。高校.大学と実家でバイト、4年間広告屋で働き、結婚を機に本屋に戻ってまいりました。文芸書及び書籍全般担当。本を読むペースより買うペースの方が断然上回っているのが悩みです。