『ルリユールおじさん』いせひでこ

●今回の書評担当者●ダイハン書房本店 山ノ上純

 2010年も残りわずか。今年は"電子書籍元年"とやらで、ちょっとした騒ぎでしたが、いまだに電車の中でiPadを持っている人を見かけたのは数人だし、電子書籍で読書を読んでいそうな人はほぼ見かけたことが無い。まぁ、紙の本を読んでらっしゃる多くの方が、図書館の本をご利用だったりはしますが。

 私は、自分が本屋だからというだけでなく、個人的に紙の本を愛していますので、たとえiPadを手に入れることがあったとしても、それで本を読むということは無いと思います。"本"というからには、やはり原材料は「木」じゃないと。装丁のデザイン、紙質、本文の書体、持った時の感触...ただ情報を得ると言うだけでなく、これらすべてをトータルしての"本"が私は好きなのです。

 とは言え、時代の波はやはり出版業界に厳しく、今年も閉店する書店や倒産する出版社がいくつもありました。出版社が倒産すると、書店の店頭に並んでいるその出版社の本は返品することが出来なくなり、お客様に買っていただかない限りいつまでも店頭に並ばざるをえない、いわゆる「不良在庫」となってしまいます。なので、書店も被害を被ってしまうわけですが、今年民事再生を申し立てた出版社は、そのニュースを聞いて慌てて「本が無くなる前に買わないと!」と思わせる本を出している出版社でした。その出版社は理論社、本の名前は『ルリユールおじさん』です。

 2007年に発売されたこの絵本は、その年の"「この絵本が好き!」国内絵本"の第1位になりました。作者のいせひでこさんは東京芸大のご出身で、国内外ともにファンのあるとても素敵な絵を描かれる作家さんです。そのいせさんが、パリにアパートを借りて、実際に何度も路地裏の工房に通い、描かれた物語がこの本です。

 ルリユールとは製本の職人さんのこと。ヨーロッパで印刷技術が発明され、本の出版が容易になってから発展した職業で、60もの工程をすべて手仕事で行うそうです。かつては栄えたこの職業ですが、パリでも1人で全てを行える製本職人さんは一桁になったとか。

 この物語は、お気に入りの植物図鑑がバラバラに壊れてしまった少女が、その本をなおしてもらいたくてルリユールおじさんを訪ねるという話。本をなおす工程とともに、本への愛情があふれています。

 この絵本を読むと、電子書籍どころか、次から次へと出版される紙の本でさえ、ちょっとやりすぎじゃないか?もっと1冊1冊が丁寧に扱われるべきじゃないか?と思ってしまいます。そんな事を言っていては商売にならないかもしれませんが、この本に描かれている「本」への想いは忘れたくない。そんな背筋が伸びる1冊です。

 もしかしたら、店頭で見かけることは少ないかもしれませんが、この出版社さんは民事再生法のもとで今もしっかり営業されていて、お取り寄せが可能です。こんな素敵な絵本がいつまでも出版され続けられるように、ぜひお買い求めいただきたいなと思います。

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ダイハン書房本店 山ノ上純
ダイハン書房本店 山ノ上純
1971年京都生まれ。物心が付いた時には本屋の娘で、学校から帰るのも家ではなく本屋。小学校の頃はあまり本を読まなかったのですが、中学生になり電車通学を始めた頃から読書の道へ。親にコレを読めと強制されることが無かったせいか、名作や純文学・古典というものを殆ど読まずにココまで来てしまったことが唯一の無念。とにかく、何かに興味を持ったらまず、本を探して読むという習慣が身に付きました。高校.大学と実家でバイト、4年間広告屋で働き、結婚を機に本屋に戻ってまいりました。文芸書及び書籍全般担当。本を読むペースより買うペースの方が断然上回っているのが悩みです。