『時を巡る肖像』柄刀 一

●今回の書評担当者●東山堂 外販セクション 横矢浩司

最近はあまりやらなくなりましたが、一時期、画集を傍らに置いて美術を題材にした小説を読むのが楽しみでした。高橋克彦や斎藤純は愛読していたし、『ひまわりの祝祭』(藤原伊織)、『フランドルの呪画』(A・P・レベルテ)も面白かったなあ。辻邦生の短篇集も懐かしい。もちろん『ダ・ヴィンチ・コード』も。今回は、久しぶりにそんな楽しみを味わわせてくれた、今年長編デビュー10周年、柄刀一の本を紹介します。この"絵画修復士御倉瞬介シリーズ"の第二弾『黄昏たゆたい美術館』が7月に刊行されたばかりなのですが、どうせならシリーズ1作目から読んでみては、という思いからこちらを選びました。

ところでここだけの話、未だ柄刀作品を読んだことがない、という方はいらっしゃいますか? もしいらっしゃいましたら、まずは『ifの迷宮』の光文社文庫版の宮部みゆきによる解説をお読みくださいませ。この稀有な作家の魅力が的確に書かれています。この先ずっと新作を追いかけていきたくなる、素晴らしく感動的な名解説です。宮部氏のような方にこんな風に言っていただけると本当に嬉しいです。勇気付けられます。

イタリアの絵画修復学校を卒業したフリーの絵画修復士・御倉瞬介は、仕事先である依頼主の家で思わぬ犯罪に遭遇する。美術に造形の深い瞬介の鋭い推理は、名画(ピカソ、モネ、
安井曾太郎、フェルメール、デューラーなど)にまつわる謎と、事件を起こすに至った犯人の心の底に秘められた懊悩をあぶりだしていく。

昨年の『密室キングダム』にはボリューム、内容ともに圧倒され、じっくりたっぷり堪能させてもらいました。現時点での代表作であるのは間違いないでしょう。けれど、好対照なこちらの本にあまりスポットが当たらなかったのはなんとも勿体ない話。直球の本格推理ではありますが、ジャンル読者のみならず、普段はなじみの薄い敬遠気味の読者の中に、意外とこの作品に反応する人がいそうな気がするのですが...。重厚で壮大な謎を追ういつもの柄刀作品とはひと味違うシンプルさ、でも『マスグレイヴ館の島』の親しみやすさとも、"天才・龍之介がゆく!"の軽さともすこし違う、名画のもつ静謐さ・厳かさに呼応した、落ち着いたただずまいの、オトナの小説だと思いました。熟練のR-40の皆様に感想聞いてみたいな。

収められた6つの短篇のうち、いちばん短いラストの表題作が印象的。唯一犯罪を扱わない、"記憶"というある意味おなじみの題材ではありますが、それを絵画の修復という主人公の仕事のもつ特質と絡めたのがミソ。どう絡んでくるのかは読んでのお楽しみ。終盤の、時間の流れに思いを馳せる主人公の心情、グッときます。そして全篇を通して、瞬介の一人息子、圭介くん(7歳)の存在がいい! 重くなりがちな作品世界の風通しを良くする、一服の清涼剤になっています。シリーズを読み続けて、彼の成長ぶりを見守っていくのも、楽しみのひとつですね。

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東山堂 外販セクション 横矢浩司
東山堂 外販セクション 横矢浩司
1972年岩手県盛岡市生まれ。1997年東山堂入社。 東山堂ブックセンター、都南店を経て本店外販課へ配属。以来ずっと営業畑。とくに好きなジャンルは純文学と本格ミステリー。突然の指名に戸惑うも、小学生時代のあだ名“ヨコチョ”が使われたコーナータイトルに運命を感じ、快諾する。カフェよりも居酒屋に出没する率高し。 酒と読書の両立が永遠のテーマ。