『孤独な鳥はやさしくうたう』田中 真知

●今回の書評担当者●中原ブックランドTSUTAYA小杉店 長江貴士

最近では全然ですが、僕は高校・大学時代に、かなり写真に嵌まりました。高校入学のお祝いに(確かそうだったはず)、欲しいものをあげるというので、一眼レフのカメラを所望しました。それからというもの、イベントがあればパシャパシャ、近所をブラブラしながらパシャパシャと、とにかくアホみたいに写真ばかり撮っていました。
旅行に行った時もそうです。綺麗な風景を見てパシャパシャ、友達の横顔をパシャパシャ、みたいな。
でもその内、何か違うな、という感じがして、写真を撮るのをすっかり止めてしまいました。ただ飽きただけだ、という気もしますし(基本的に飽きっぽい性格なので)、撮り続けても大した写真が撮れるようにならなかったから、という気もしますが、もう少し漠然とした理由があったような感じもします。
旅行に行った時なんかは、写真を撮れば満足、となりがちです。自分の外側にちゃんと記録を残すことが、旅行を堪能したかどうかのバロメータになりつつある気がします。でもそれなら、カメラだけが旅行に行けばいいような...。
旅先では、自分の眼でちゃんと見て何かを感じ、自分の内側にきちんと印象を残すべきではないか。そんな風に思ったのかもしれません(そんな大それた理由ではないかもしれませんが)。それは、写真のようには正確な記録ではないでしょう。けど、そうやって、自分というフィルターを通せるからこそ、旅というものに価値があるのではないでしょうか。
本作の著者は、自分の内側にきちんと印象を残すことが出来る旅人です。カメラの眼ではない、著者独特の視点による旅の記録は、すべての出来事をきちんと自分で受け止めているからこそ、奥深いものになっています。写真に記録してお終い、というのではない、対象にもっと深く入り込んで積極的に関わる著者の旅のあり方は、旅行先で写真を撮るだけの現代人が忘れてかけている何かを思い起こさせてくれる感じがします。
『旅行人』という雑誌に連載し続けてきた中から著者自身が選びぬいた文章を載せている作品です。どの話も、著者が一旦自身の中で起こった出来事を熟成させ、贅肉を落とし、残すべき風味をより強調したような、そんな文章で綴られています。
その熟成の過程で、旅そのものが殺ぎ落とされているような印象があります。本作では、旅先で何が起こったかというよりは、誰と出会ってどうなったのかということがメインで語られます。旅先で出会った人々との一瞬の邂逅。その摩擦のような触れ合いの中で生まれた感情の雫を、取りこぼすことなくすべて表現しきっている、そんな風に感じました。
ガイドブックを買って有名な場所を訪れ、そこで写真を撮ることしか旅行の楽しみ方を知らない現代人は(僕もそうですが)、一度読んでみるべきでしょう。旅というものが本来持つはずの醍醐味を再確認出来るかもしれません。この作品を読めば、日常のちょっとした散歩や遠出さえも旅に変わってしまうのではないかな、と思ったりします。

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中原ブックランドTSUTAYA小杉店 長江貴士
中原ブックランドTSUTAYA小杉店 長江貴士
1983年静岡県生まれ。 冬眠している間にフルスウィングで学生の身分を手放し、フリーターに。コンビニとファミレスのアルバイトを共に三ヶ月で辞めたという輝かしい実績があったので、これは好きなところで働くしかないと思い、書店員に。ご飯を食べるのも家から出るのも面倒臭いという超無気力人間ですが、書店の仕事は肌に合ったようで、しぶとく続けております。 文庫・新書担当。読んでいない本が部屋に山積みになっているのに、日々本を買い足してしまう自分を憎めきれません。