12月27日(金) 北上次郎の2013年ベスト10

図書館の魔女(上)
『図書館の魔女(上)』
高田 大介
講談社
2,520円(税込)
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図書館の魔女(下)
『図書館の魔女(下)』
高田 大介
講談社
2,730円(税込)
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①『図書館の魔女』高田大介(講談社)
②『深紅の碑文』上田早夕里(早川書房)
③『know』野崎まど(ハヤカワ文庫)
④『愛しいひとにさよならを言う』石井睦美(角川春樹事務所)
⑤『風の王国』平谷美樹(ハルキ文庫)
⑥『七帝柔道記』増田俊也(角川書店)
⑦『金色機械』恒川光太郎(文藝春秋)
⑧『小さいおじさん』尾崎英子(文藝春秋)
⑨『たからもの』北原亜以子(講談社)
⑩『なぎさ』山本文緒(角川書店)


 今年も日本の現代エンタメのベスト10を選んでみた。2013年最大の反省は、『図書館の魔女』を新刊時に読まなかったことだ。メフィスト賞はあの白河三兎を生んだ賞であるから強く意識はしているのである。しかし受賞作がいつも面白いかとなると、私には理解できない作品も少なくなく、これはどちらなんだろうと思ってしまったのが第一の敗因。次に、実際の図書館、新刊書店、古書店は大好きなのだが、そういうところを舞台にして本ネタが中心になる小説はあまり好きではないことだ。舞台にするのはいいのだが、ほらみなさんの好きな本がネタになっていますよお、と言いたげな小説には近づきたくない。これが本ネタに寄り掛かった作品なのかどうかはわからないが、帯に「リブラリアン・ファンタジー」とあるし、と腰が引けてしまったのが第二の敗因。しかしいちばんは、上下巻あわせて1400ページを超えるという大著にびびってしまったというのが本音。そのうちに評判が耳に入ってきたが、それでも手にとらず、大森望との書評対談で彼がテキストにしてきたのでようやく読み始めたというわけ。8月刊の本を11月に読んだのでは、もう書評を書くことは出来ません。ホントにすまない。8月に素早く読んで、誰よりも先に興奮したかった。

 たしかに図書館の魔女は出てくるが、図書館そのものはあまり関係がない。なんだそうなんだ。さらに読み始めたらあまりの面白さにやめられず、長さが全然気にならない。その前にこの大長編を少しだけ説明しておくと、異世界伝奇小説だ。しかも私の好きなやつ。魔法も天使も出てこない。語られるのは戦争を回避するにはどうしたらいいか、ということで、つまりは外交小説である。そのためには国の富を増やすことが求められ、灌漑の重要性が語られる。そういう土木小説でもある。その間隙を縫うのは、人の言葉や仕種には表面に出ない意味があるということで、それを解説するくだりではホームズ物語の楽しさがある。さらにもう一つ言えば、上巻のラストに出てくるアクション・シーンは特筆もの。なんなんだこれは。読みながらこれほど楽しい小説は久々だった。

 上巻2400円、下巻2600円という価格なので、購入するのはちょっとためらうかもしれないが、ちょっと変わった異世界伝奇小説をお好きな方には超おすすめだ。

 年末に刊行されたのが、上田早夕里『深紅の碑文』。あの『華竜の宮』の姉妹篇である。つまり、陸地の大部分が水没した25世紀が舞台。人類は陸上民と海上民にわかれているが、一部の海上民は反社会的勢力「ラブカ」となって陸側の船舶などを襲撃し、激しく対立している−−そういう時代を背景にした物語だ。『華竜の宮』では外務省に勤めていた青澄誠司は、外務省を退職し、ここでは救援団体「パンディオン」の理事長となって、陸と海の対立を解消しようと奮闘する。それは文字通りの奮闘だ。なぜなら陸側の人間も信用できないが、海側の、たとえば「ラブカ」のリーダー、ザフィールも容易に心を開かないからだ。その両者のドラマだけでも奥行きがあって物語的には十分なのだが、そこに周辺の人間たち、さらにはユイたちの若い世代のドラマも絡んでくる。いやあ、読ませる。

 その骨太の物語に群を抜く人物造形、さらには秀逸な構成も見逃せないが、上田早夕里の美点の第一は、描写が鮮やかであることだろう。たとえば第一章の冒頭を読まれたい。貨物船にぐんぐん接近する小型船の上にザフィールが立っている場面だが、潮の匂いが充満している。そのくだりを引く。

「この海域の潮は、気温が下がると独特の匂いを発し始める。深海中層で繁殖する生物が日没と共に浮上して、陽光で繁殖したプランクトンを貪り食うからだ。夜が更けると、さらに大きな生物が上昇してくる。小魚、イカ、亀。無数の生物が食ったり食われたりを繰り返し、暗い海の中で乱舞する」

 その「暗い海の底から立ち昇る臭気」が行間から伝わってくるのだ。あるいは、海の中でヴィクトルがガルを追って海面を目指すシーン。空から降り注ぐ陽光がガルの外皮を眩しいほどに輝かせるシーンだが、こういう印象的な「絵」の創出も、上田早夕里は天才的にうまい。物語が骨太なので、その壮大な黙示録につい目を奪われてしまいがちだが、私たちの胸を打つのは細部がこのように充実しているからにほかならない。

 小説の完成度から言えば、本来ならこちらを1位にするべきかもしれない、という気もする。それでも『図書館の魔女』を1位にするのは、8月に出た本を11月に読むという失態をしたためで、反省と自戒の意味をこめて、こちらを1位にしたい。

 野崎まど『know』にも素晴らしいアクション・シーンが登場する。それがどうして素晴らしいかを紹介するとネタばれになるので書けないが、こういう細部がいいのがこの長編の特徴でもある。こちらは人造の脳〔電子葉〕の移植が義務づけられた2081年の京都を舞台にした小説だが、ラストが秀逸。いや、正直に書くと、エピローグがあることに気がつかず、こんな小説、読んだことがないと、その前の「幻のラスト」に感動してしまったのである。ということなので、あとでエピローグを読むと、これ、いらないじゃんというのが私の立場だ。電撃小説大賞出身ということで、一般的にはライトノベル作家に分類されるのだろうが、もっと奥行きがある人だと思う。

 ここまでの上位3冊はすべて現実離れした内容であるのに比べ、4位はがらり一転、『愛しいひとにさよならを言う』。こちらはヒロイン友情小説だ。それを娘の視点で、さらに彼女が大人になってから回顧するかたちで語るという構成が効果をあげている。ヒロイン友情小説の傑作は、唯川恵『肩ごしの恋人』、角田光代『対岸の彼女』、大島真寿美『戦友の恋』とあるが、それら先行する傑作群に肩を並べる作品だと思う。

 時代小説は、平谷美樹『風の王国』と、北原亜以子『たからもの』の2作。前者は全10巻の壮大な時代伝奇小説で、この著者には『義経になった男』(ハルキ文庫)という全4巻の傑作もあるが、今度は全10巻なので、読みごたえは十分。『たからもの』は北原亜以子の二大代表シリーズの一つ、深川澪通りシリーズの最終篇。もう一つの「慶次郎縁側日記」シリーズも年明けに最終篇が発売されるが、これでもう読めないのかと思うとひたすら淋しい。これも味わいながら読みたい。

『七帝柔道記』は異色の青春小説。通常のスポーツ小説なら、勝つことのカタルシスが最後に待っていることが少なくないが、ここにそういう希望はない。ほとんど絶望的な戦いが繰りひろげられる。練習風景もすさまじいが、試合の迫力もすごく、読んでいると息苦しくなってくる。

『金色機械』はその描写が鮮やかだ。冒頭、遊廓の主人の前に新入り娼婦が連れてこられる場面。その娼婦の胸のあたりで、ぱちん、と火花が飛ぶのだ。しばらくすると今度は肩のあたりで、ぱちん、と火花。このシーンが秀逸。遊廓の主人は人の殺意を読むことが出来るのである。殺意を持っているやつが近づくと火花が飛ぶのですぐにわかるとの設定だ。いいでしょ、これ。

 8位の尾崎英子『小さいおじさん』は、第15回のボイルドエッグズ新人賞受賞作。この賞は万城目学のデビュー作こそ面白かったものの、私には理解できない作品が多く、これも最初は手に取るのをためらった。しかし、『図書館の魔女』とは違って、こちらは250ページのスタンダードな装いなので、すぐに読み始めると、いやあ素晴らしい。道具立てに既視感があると言った知人がいたが、それは厳しすぎる。手垢のついた素材をセンスあふれる筆致でまとめたところにこの作家の才能を感じる。

 10位に置いた『なぎさ』には少しだけ説明が必要だ。その完成度から10位は本来ありえない。しかし直木賞作家の新作を私が推すこともないだろう。たとえば2013年は、唯川恵『手のひらの砂漠』、江國香織『はだかんぼうたち』、桜木紫乃『蛇行する月』という傑作もあった。『なぎさ』も入れればこの4作は、年間ベスト4といってもいい傑作である。だが、まだメジャーな賞を受賞していない作家、もっと売れていい作品、そういうものを私は推したい。10位の『なぎさ』は、直木賞枠と解していただきたいと思う。この『なぎさ』の向こうには、唯川恵や江國香織や桜木紫乃、さらにベテラン作家の傑作群があると思っていただきたい。それを代表しての『なぎさ』なのだ。

 いつもならこのベスト10に入れなかった作品にも言及するのだが、今年は余裕がないのでこれにて打ち止め。