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1月28日(月) 勝手に文庫解説・番外編 SFへの長い道/大沢在昌『帰去来』(朝日新聞出版)

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  • 『ウォームハート コールドボディ (角川文庫)』
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 大沢在昌の『帰去来』が2019年1月に発売になった。久々のSFである。そこで、大沢在昌のSFをこの機会に全部再読しようと思った。SF、というよりも、正しくは「SF的シチュエーションを導入した現代エンターテインメント」と言うべきだろうが、長すぎるのでこの項ではすべて便宜的に「SF」としておく。

 そういう「SF」作品を、大沢在昌はこれまでに何作書いてきたのか。以下がそのリストである。

①『ウォームハートコールドボディ』1992年/スコラノベルズ
②『B・D・T〔掟の街〕』1993年/双葉社
③『悪夢狩り』1994年/ジョイノベルズ
④『天使の牙』1995年/小学館
⑤『撃つ薔薇』1999年/光文社
⑥『天使の爪』2003年/小学館
⑦「影絵の騎士』2007年/集英社
⑧『帰去来』2019年/朝日新聞出版

 大沢在昌の「SF的シチュエーションを導入した現代エンターテインメント」は、以上の8作である。37年間で8冊だから、4・6年に1作だ。それほど多くはない。実はこの長編8作以外にも、大沢在昌は3編のSF短編を書いている。それがローズ・シリーズだ。それは以下の通り。

ローズ1「小人が嗤った夜」月刊小説王1984年7月号
ローズ2「黄金の龍」月刊小説王1984年11月
ローズ3「リガラルウの夢』野性時代1994年7月号

 これは遙か先の未来が舞台。宇宙でも最大級の歓楽都市惑星「カナン」の巨大ホテルに勤務するホテル探偵ローズを主人公にした連作である。現在は『冬の保安官』(角川文庫)に収録されているが、著者は続きを書きたい意欲があるようなので、そのうちにあと4〜5編書き足して1冊分の分量になるかもしれない。

 とりあえずこの8作を順に紹介する。まず①は、刊行年に注意。この「最初のSF」が書かれたのは1992年である。『新宿鮫』の第1巻が刊行されたのが1990年であることを考えれば、ベストセラー作家となった大沢在昌が満を持して放った作品といえるかもしれない。大沢在昌がすでにどこかで自身の読書遍歴を書いたり、語っていたりしているのかもしれないが、1992年に『ウォームハートコールドボディ』を書く前から、読者としてSFを読んでいたことが推測される。そうでなければ突然SFを書くわけがない。1984年にローズ・シリーズを書いているくらいだから、SFへの興味はずっと以前から、つまりデビュー前からあったと思うほうが自然だろう。結論じみたことをここにはさんでしまうと、大沢在昌のSFには「楽しんで書いている」風情がある。読者として長年楽しんできた作者が、やっと書く側にまわったというひそかな嬉しさがちらちらとかいま見える。で、ベストセラー作家になったとき、その愉しみを一気に開放したのではないか。『ウォームハートコールドボディ』の刊行年からそんなことを思うのだが、はたしてどうか。ちなみに、『無間人形』で直木賞を受賞するのが1993年だから、この『ウォームハートコールドボディ』はその直前に刊行されたことになる。もう楽しんで書いてもいいんじゃないか。そんな余裕を感じることも出来る。

 肝心の中身の紹介を忘れてた。この『ウォームハートコールドボディ』の主人公太郎は製薬会社の営業マンで、ある日交通事故に遇い、死んでしまう。ところがその製薬会社でひそかに開発されていた新薬を投与されて生き返る。いや、生き返るわけではない。死んだままなのだが、けっして腐敗せず、生きているのに近い状態が維持されている。ただし、その状態を保つためには新薬を定期的に摂取し続けなければならない。そして新薬のデータを狙う者たちから彼は逃げなければならなくなる──そういう話でたっぷりと読ませてくれるものの、その次に書かれた②『B・D・T』に比べると、まだ物語が弱かったと言わざるを得ない。というよりも、『B・D・T』が傑作すぎるのだが。

 この長編の素晴らしさは、読み終えた直後の興奮が生に伝わってくる新刊評を引くのがいい。私は当時、次のように書いた。

「すこぶる刺激的な物語が始まっていく。特に後半の展開は、目が離せない。おいおい、いったいどうなるの、と思わせて見事に着地を決めるのもいい。見事にハードボイルドするラストの意味は、大沢在昌のこの実験が、SF的な設定を導入することで東京をニューヨークに転換し、ハードボイルド小説を書きやすくするための手法に他ならないということだ。日本におけるハードボイルド小説の書きにくさを作者はこうして巧みに回避する。多民族国家、犯罪多発都市、という外枠が同じなら、たしかにあとは作者の力量の勝負にすぎない。もちろんそれが作者の考えるハードボイルドのすべてではなく、こういう道もあるんだよいう余裕の提示であるとしても。つまり大沢在昌の成熟がここにも見られるのだ。もっとも私はそういうハードボイルドの実験としてよりも、近未来小説として愉しかったが。そのようにいろいろな読み方の出来る小説だろう。とにかく今月断然のおすすめ」

 角川文庫版の解説(池上冬樹)に、この部分が引用されているが、そこに「小説推理93年10月号」あるのは、「本の雑誌」の間違い。それはともかく、ホント、面白かった。

 順序を飛ばして⑦に行ってしまえば、その『影絵の騎士』は『B・D・T』の続編である。『B・D・T』から10年後、オガサワラで隠遁生活を送っているヨヨギ・ケンのもとにヨシオ石丸が訪ねてきて、この『影絵の騎士』の幕が開く。今度は東京湾の人工島を舞台に、個性豊かな人物が入り乱れ、謎狩りとアクションの物語が展開する。前作を上回る傑作といっていい。

 この『B・D・T』『影絵の騎士』連作に匹敵するのは、④『天使の牙』とその続編⑥『天使の爪』だろう。こちらも素晴らしい。まず『天使の牙』は男勝りの女刑事明日香が死に、その脳が絶世の美女に移植されて幕が開く。アスカとして蘇ったヒロインは、新型麻薬アフターバーナーの元締め君国に接近するが、それを援護するのが元恋人の古芳。ところが古芳はアスカの中にいるのが明日香とは知らず、さらにアスカにも古芳が組織の内通者かもという疑いがあるので、ぎくしゃくしているとの設定がいい。これが続編の『天使の爪』になると、アスカの中にいる明日香が好きなのか、それとも絶世の美女として生まれ変わったアスカが好きなのか混乱してくる(アスカも同様だ)という展開が素晴らしい。こちらも物語は複雑に絡み合い、脇役にいたるまでの人物造形もよく、さらに壮絶なアクションも特筆もの。この『天使の牙』『天使の爪』は、『B・D・T』『影絵の騎士』連作に匹敵する傑作で、この二つの連作が面白さと迫力では飛び抜けている。

 紹介を飛ばしてしまったのが③『悪夢狩り』と、⑤『撃つ薔薇』。人間の戦闘能力を極限まで高める新薬をめぐる前者も、退屈なわけではなく一気読みさせる力に満ちているが、その割りに印象を弱めているのは、『B・D・T』『影絵の騎士』と、『天使の牙』『天使の爪』、二つの連作があまりに図抜けているためで、『悪夢狩り』が悪いわけではない。問題は、㈭『撃つ薔薇』だ。この長編を、「大沢在昌SF作品リスト」に入れるのはどうか、とのためらいがある。というのは、2023年の東京を舞台に、新しい麻薬を流通させる組織に潜入する女性捜査官の活躍を描く長編だが、これ、近未来にする必要があったのかどうか。アクション小説として読むと、その緊迫するアクションの迫力は称賛に値するので、ここは活劇小説として堪能するのが筋かもしれない、との気がする。

 というところで、ようやく⑧『帰去来』にたどりつく。実は私、大沢在昌のタイムトラベル小説が読みたい、とこれまで何度も書いてきた。SFの中でいちばん好きなのが、タイムトラベルものなのである。

 願いが天に通じたのか、ついに大沢在昌が書いてくれた。それが本書だ。

 主人公は、警視庁刑事部捜査一課の巡査部長志麻由子。連続殺人犯が出現しそうな場所で囮として張っていると、犯人がいきなり現れ、喉に固い感触の輪が食い込んでくる。もうだめだと思ったとき、体がぴくんと跳ねて目が覚める。

 体を起こすと、制服姿の男が目の前に立っていて、「けいし」と呼びかけてくる。別れた恋人が、どうして制服姿で立っているのか、志麻由子にはわからない。彼は会社員で警察官ではない。しかもその制服は、警察官の制服とは微妙に違っている。

 部屋の中を見回すと表彰状があり、そこに「志麻由子警視殿」とある。ヒロインは巡査部長であり、警視ではない。さらに、その表彰状には「東京市警本部長」とあるが、東京は「都」であり、「市」ではない。

「今日は何日?」と尋ねると、「7月11日、土曜日です。光和27年の」と言う。こうわ、とは何だ?
「こうわ、の前は何?」
「承天です。承天52年に戦争が終わり、元号が光和に変わりました」

 つまり、ヒロインはもう一つの世界にタイムスリップしてしまったのだ。その世界がどういう世界なのか、ここから始まる驚くべき物語がどういうものであるのか、それはいっさいここに書かない。ヒロイン由子は無事に元の世界に戻って来ることが出来るのか、私たちは固唾を呑んでページをめくっていくことになる。

 いやあ、面白いぞ。

 不満はただ一つ。いいのかね、こんなことを書いちゃって。これも大変素晴らしいけれど、贅沢なことを言わせてもらえれば、私はタイムトラベル小説を読みたかったのだ。ところがこの『帰去来』は、タイムスリップ小説である。正しくは、パラレル・ワールドものと言うべきかもしれないが、スリップするのは事実なので、タイムスリップ小説としてもいい。しかし、タイムスリップとタイムトラベルは異なるのである。

 ようするに私、自覚的に時を旅する者の話を読みたいのである。出来れば、中年男が犬を連れて、少年時代の自分に会いに行く話を読みたい。その犬は少年が飼っていた犬で、数年前に死んだはずの愛犬だ。その犬が突然現れる。キャンキャンと嬉しそうに吠えて、少年のまわりを駆け回る。少年も嬉しい。しかし、死んだはずなのに、どうして愛犬は現れたのか。その後ろにいる中年男は静かな笑みを浮かべて立っている。誰なんだろう? おお、ここからどんな話が始まるのか、と思うだけで興奮してくる。

 そういう話を読みたい、と切に願うのである。

書評家4人の2018年解説文庫リスト

〔大森望〕
1月『アルテミス』アンディ・ウィアー(小野田和子訳)/ハヤカワ文庫SF
3月『異邦人』原田マハ/PHP文芸文庫
  『手のひらの幻獣』三崎亜記/集英社文庫
5月『手がかりは一皿の中に』八木圭一/集英社文庫
8月『いたずらの問題』フィリップ・K・ディック(大森望訳)/ハヤカワ文庫SF※
9月『カート・ヴォネガット全短篇 1 バターより銃』カート・ヴォネガット(大森望監修)/早川書房※
11月『ラゴス生体都市』トキオ・アマサワ/ゲンロン(*電子書籍)
  『逆数宇宙』麦原遼/ゲンロン(*電子書籍)
12月『NOVA 2019年春号』河出文庫※
  『revisions 時間SFアンソロジー』ハヤカワ文庫JA※
  『クロストーク』コニー・ウィリス(大森望訳)/早川書房※
  『バタフライ』阿野冠/集英社文庫

〔ひとこと〕
 2018年に発表した解説的な文章は、いろいろ足しても全部でわずか10本。自分の訳書・編纂書に寄せたもの(末尾に※印)と電子書籍の中篇2本(ゲンロン刊)につけたものを除くと、純粋な文庫解説はたった5本しかない。

 2009年以降、12冊→13冊→14冊→13冊→15冊→10冊→15冊→14冊→14冊と推移してきたあとの5冊なので、激減ぶりは歴然。例年の半分以下どころか、ほぼ3分の1しかない。当社比では、たぶん2004年以来、14年ぶりの低水準ですね。

 解説者としては開店休業というか、閑古鳥が鳴いているので、これをごらんの編集者諸氏は、ぜひ文庫解説のご用命をひとつ。とか言ってないで御用聞きにまわるべきかも......。


〔杉江松恋〕
1月『Killers』堂場瞬一(講談社文庫)
2月『許されざる者』レイフ・GW・ペーション/久山葉子訳(創元推理文庫)
4月『恩讐の鎮魂曲』中山七里(講談社文庫)
  『アガサ・クリスティー完全攻略[決定版]』霜月蒼(クリスティー文庫)
7月『極夜の警官』ラグナル・ヨナソン/吉田薫訳(小学館文庫)
  『東京結合人間』白井智之(角川文庫)
  『骨董探偵 馬酔木泉の事件ファイル』一色さゆり(宝島社文庫)
9月『ミネルヴァの報復』深木章子(角川文庫)
  『ダークリバー』樋口明雄(祥伝社文庫)
10月『用心棒』デイヴィッド・ゴードン/青木千鶴訳(ハヤカワ・ミステリ)
   『消えた子供 トールオークスの秘密』クリス・ウィタカー/峯村俊哉訳(集英社文庫)
11月『希望荘』宮部みゆき(文春文庫)
12月『もつれ』ジグムント・ミウォシェフスキ/田口俊樹訳(小学館文庫)
   『エンジェルメイカー』ニック・ハーカウェイ/黒川敏行訳(ハヤカワ文庫NV)※ハヤカワ・ミステリ解説を再録、加筆。
   『虚実妖怪百物語 急』京極夏彦(角川文庫)

〔ひとこと〕
 最後の『虚実妖怪百物語 急』は編集者から〆切直前に確認の電話をもらうまで『序』『破』『急』のうち『序』を書くのだと思い込んでいた、というのは内緒です。こういう風に3冊同時発売の解説を書く場合、他の2冊と解説の内容が被ってしまわないか、心配になりますね。

 2018年は14冊、2017年は27冊でしたが、これは『新宿警察』の電子書籍10冊分をまとめて書いた分が入っているので実質的には18冊、微減ということになります。2018年に書いた解説でもっとも印象深かったのは『アガサ・クリスティー完全攻略[決定版]』でしょうか。

 なにしろこの本は、拙著『路地裏の迷宮踏査』(東京創元社)と日本推理作家協会賞と本格ミステリ大賞を争って連勝した因縁の一冊です。解説を書くとしたら私しかいないでしょう、という「よくぞ頼んでくれた」本でした。

〔池上冬樹〕
2月『ラメルノエリキサ』渡部優/集英社文庫
3月『60』石川智健/講談社文庫
3月『屈折率』佐々木譲/光文社文庫
4月『シェアハウスかざみどり』名取佐和子/幻冬舎文庫
10月『雨の鎮魂歌(レクイエム)』沢村鐵/中公文庫
11月『Mの暗号』柴田哲孝/祥伝社文庫
11月『青い月曜日』開高健/集英社文庫
11月『聖母の共犯者 警視庁53教場』吉川英梨/角川文庫
12月『過ぎ去りし世界』デニス・ルヘイン/加賀山卓朗訳/ハヤカワ文庫

〔ひとこと)
 2018年はがくんと減って9冊でした。例年の半分以下。2019年もそうなるのかわかりませんが、2016年の記録、年間27冊のようなことはもうないでしょう。20冊でも多い気がします。19年度は一人の作家とその周辺について長い原稿を書く予定ですし、ほかの仕事にも集中するので、18年のように10冊前後かと思う。
 18年度の作品のなかでは、『ラメルノエリキサ』の解説を担当できて嬉しかった。これは解説にも書きましたが、見事な少女ハードボイルドです。アメリカの私立探偵が日本の少女に転生したような感じといったらいいか。キビキビとした毒のある愉快な語りが最高です。
 十代からファンである開高健の解説を担当できたのも、個人的にはとても名誉なことでした。十代のころから愛読している森内俊雄、吉行淳之介、立原正秋、小川国夫など文庫にならないだろうか。いくらでも書きたいのですが。
 そうそう、いくらでも書きたいといって珍しく出版社に売り込んだのが、吉川英梨の「警視庁53教場」シリーズの新作です。本格ファンも愉しめるネタのぎっしりとつまった警察小説の傑作シリーズ。注目ですよ。

〔北上次郎〕
1月『残りの人生で、今日がいちばん若い日』盛田隆二(祥伝社文庫)
2月『鬼煙管』今村翔吾(祥伝社文庫)
3月『岳飛伝17 星斗の章』北方謙三(集英社文庫)
  『巡査長真行寺弘道』榎本憲男(中公文庫)
4月『炎の塔』五十嵐貴久(祥伝社文庫)
6月『クラスメイツ〈前期〉』森絵都(角川文庫)
  『ムーンリバーズを忘れない』はらだみずき(ハルキ文庫)
  『罪人のカルマ』カリン・スローター(田辺千幸訳)ハーパーBOOKS
8月『国士舘物語』栗山圭介(講談社文庫)
  『英語屋さん』源氏鶏太(集英社文庫)
11月『今はちょっと、ついてないだけ』伊吹有喜(光文社文庫)
  『鷹の王』C・J・ボックス(野口百合子訳)講談社文庫
12月『よっつ屋根の下』大崎梢(光文社文庫)
  『サラマンダー殲滅』梶尾真治(徳間文庫)

〔ひとこと〕
『岳飛伝17 星斗の章』の文庫解説は2年前に書いた。この単行本が刊行されたとき(2016年5月)に全17巻をまとめて読み、新刊評を書いたのだが、数年先に文庫解説を書くときにまた17巻を読むのは大変だなと思い、じゃあ先に書いておこうと考えたのである。文庫解説の依頼が私にこないことも想定されるが、そのときは「勝手に文庫解説」と題して、どこかに載せればいいのだ。という話をしたら、「それは人してどうか」と大森に書かれてしまった。

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