12 市場の古本屋ウララ

「ザ・コーヒー・スタンド」の上原司さんがよく配達に訪れる店がいくつかある。その一つが「市場の古本屋ウララ」だ。わずか三畳程のお店に、ぎっしり本が並んでいる。その多くは沖縄に関する書籍だ。

「沖縄本とそれ以外の本の比率はずっと同じで、日によっては売り上げの九割が沖縄本の日もあるんです」。店主の宇田智子さんはそう語る。「観光客の方だと、普通の本を買おうとしても『いや、ここで買う必要ないよね』と選び直して、沖縄本を買っていく人もいます。そもそも沖縄本というジャンルがあること自体、ほとんどの人が知らないと思うんですけど、たまたま通りかかって『沖縄の本ばっかり!』と驚く人も多いですね」

 旅の記念にと、観光客がお土産のように本を買っていくこともある。手頃な価格の沖縄ガイドもあれば、琉球舞踊や沖縄空手、民間信仰や年中行事をテーマとした、ずっしり重厚な本もある。そういった沖縄本は沖縄文化を研究するための専門書だとばかり思っていたけれど、地元のお客さんにとってはあくまで実用書なのだという。

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「沖縄本は、もちろん研究書として作られている本もたくさんありますけど、それを読む人にとっては実用書に近いんです。祭祀や信仰について書かれた本も『どうやってお参りをすればいいのか?』を知るための実用書で、郷土史というのも自分のルーツを知るための実用書になる。かなり専門的な本でも、それを探しにやってきたというわけではなくて、偶然通りかかったお客さんに『これ、いくらなの?』と聞かれることがあるんです。それが五千円だったとしても、『ああ、じゃあ買うわ』と買われていく。料理の本や行事の本は、高くても必要だから買う。沖縄では小説が売れないと言われてるんですけど、本で娯楽を得たいという人は比較的少なくて、那覇の書店のベストセラーも沖縄本とダイエット本がほとんどを占めてますね」

 沖縄には年中行事が多く、行事ごとに準備する料理が決められている。重箱にどう詰めるかにも決まりがあり、その作法を知るためにも沖縄本は必要不可欠な存在だ。市場に買い物にきた地元客が「市場の古本屋ウララ」を通りかかり、問い合わせをしていくこともある。

「新刊書店で問い合わせをするときって、それなりに身構えると思うんです。店員さんも忙しそうだし、ある程度情報をはっきりさせて『この本を探してます』と聞く人が多い気がするんです。でも、ここだと、通りかかった瞬間に『そういえば、あの本!』といきなり思い出して聞いてくる人が多いですね。もちろんはっきりと探している本がある方もいらっしゃいますけど、別の用事で市場にやってきて、本屋というものが見えた瞬間に『そういえばあの本が欲しかったんだ』と思い出して問い合わせをされる人が多いのかもしれません」

 市場界隈には日用品を扱う店も多くあるが、沖縄では本も日用品なのだ。ただ、そうやってお客さんから問い合わせがあれば答えるけれど、自分からお客さんに声をかけないように気をつけているという。

「市場にある古本屋なんだから、こちらから本を勧めないといけないんじゃないかって、最初はもう少し気負っていたんです。さすがに道ゆく人をつかまえることはなかったですけど、お客さんが本を読んでいるときに、それが私も気になる本であればちょっと声をかけたりして。でも、そうするとお客さんが戸惑ってることが多くて、自分からは声をかけないほうがいいなと思うようになりました。会計のときに『この本を買ってくれるんだ!』と思っても、自分からは言わないようにしてます。そもそもこの店は、私が好きな本だけを置いているわけではなくて、ここでこの本を必要とする人がいるんじゃないかと思って並べているんです。そこで私も思い入れがある本を買ってくれるのが良いお客さんというわけでもないですし、買ってくれる人は皆良いお客さんなので、そこで私が区別するのはちょっと違う気がしたんですよね」

 宇田さんは神奈川県生まれ。大学では文学部に進み、日本近代文学を専攻した。卒業後はジュンク堂書店に就職し、池袋本店で人文書を担当。そこで沖縄県産本フェアを組んだことをきっかけに沖縄本の存在を知り、ジュンク堂書店那覇店のオープンに合わせて移動を願い出て、二〇〇九年、沖縄に移住。そこで沖縄本コーナーを担当したのち、二〇一一年、ご夫婦が営業されていた古本屋「とくふく堂」を引き継ぎ「市場の古本屋ウララ」を開店----こうして来歴を書き出してみるととても一貫した人生に思えるけれど、「全然そんなことはないんです」と宇田さんは否定する。

「周りに本しかなかったから、小さい頃から読書はしてました。でも、自分が好きな本の魅力を伝えるために書店員になったわけではなくて。私には出来ることが少なかったし興味を持つことも少なかったから、書店員になっただけなんです。自分で店を始めたときに『夢が叶ってよかったね』と言われることもありましたけど、自分の店を持つことが夢だったわけでもありませんでした。たまたま『とくふく堂』が店を継ぐ人を探していたから私がやることにしたんですけど、こんな本屋があったら街が素敵になるとか、そういう気持ちは何もないんですよ。沖縄本が好きでしょうがないということでもなくて----もちろん面白いし興味はあるんですけど----"好き"って言葉ではないんです。この場所にこういうお店があれば役に立つこともあるかなと思ってやっているので、本屋さんが好きで、それで自分もやりたいと思ったというのとはなにか違うんです」

 宇田さんはお店で過ごす時間のことを「ひまつぶし」と形容する。その「ひまつぶし」という言葉に、ここに流れる時間が凝縮されているように感じた。

 会社勤めをしていた頃を振り返って、「家を出るのが億劫だった」と宇田さんは語る。もちろん仕事を通じて魅力的な本や人に出会うことはできたし、働いている時間は楽しかったものの、毎日決まった時間に通勤するのは億劫だったという。

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「大学生の頃は、ずっと家にいたいと思っていたんです」と宇田さんは言う。「自分は文学部の学生としての能力もないし、かといって社会に役立つ能力もないし、ほんとに目の前が真っ暗で何も出来ない時期があったんです。その頃はずっと家の中にいたいと思ってましたけど、ずっと家にいても駄目なんですよね。これは昔からそうなんですけど、休みの日に予定がなくて家にいると、夕方になると急に『このままじゃ駄目だ』という気持ちになって、あてもなく外に出ることは多くて。会社を辞めるときには古本屋をやると決めていたので、やることは一杯あったんですけど、たまにぽっかり二、三日予定がなくなると急に不安になって、ワーッて叫びたい感じになっていたんです。でも、こうして店を始めてみると、とりあえず気が紛れる。時間をつぶすには仕事っていいなと思ったし、店を開けていることは精神衛生上大事なんです」

 数十年前の市場界隈は、地元の買い物客でごった返しており、のんびりする時間などなかっただろう。でも、観光客が増えた今では、土産物屋さんをのぞけば、比較的ゆったり過ごしている店主が多いはずだ。「家にいても退屈だから」。そう語ってくれた店主は何人もいた。

 エッセイストとしても知られる宇田さんは、店番をしながら原稿を書いて過ごすことも多々ある。もし執筆に専念するとしても、家で物書きだけをして過ごすのには耐えられそうにないという。宇田さんは帳場に座り、そこで目にした風景を書き記す。

 二〇一九年七月には第一牧志公設市場の建て替え工事が始まる予定だ。そうなれば「市場の古本屋ウララ」の前に広がる風景も変わってくるだろう。何より影響が大きいのはアーケードが撤去されること。アーケードは市場とのあいだに架けられており、市場を建て替えるにあたり、撤去される方向で話が進められているのだという。

「アーケードがなくなってしまうと、陽射しが直接入ってくるので、本は痛みますよね。あと、急に雨が降ってきたときに、前に出している本棚を全部片づけるのは不可能で、もしも廂をもっと長くしたとしても一部の本は濡れますよね。そうなるとレイアウトをもっと考えないといけなくなるんですけど、そんなにスペースがあるわけでもないので、難しいですね」

 ただ、それでも今の場所を離れるつもりはないのだと宇田さんは語る。

「市場が一度なくなって同じ場所に建て替えることは、滅多にないことだと思うんです。もちろん大変なことも多いと思いますけど、できたらやっぱり、見届けたい。他の場所に移転してまた新しい店を始めるのも面白いだろうけど、今の時点ではここから見ているのが面白いんじゃないかと漠然と思っていて。それは別に、何か使命感があるわけでもなければ、それを私が記録することで後世の役に立つと思っているわけでもないんですけど、見てたら面白いんじゃないかと思うんです。それもやっぱり、ひまつぶしですね。せっかく今ここに居場所を作って、その目の前で何かが起こるのであれば、ついでだし見ておくかっていう気持ちでいます」