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6月22日(金)

人を紹介すれば良いのかと思って気軽に引き受けたところ、なんと司会をさせられることになってしまったのが、第14回東京国際ブックフェアと併設して行われる「本の学校・出版産業シンポジウム2007in東京 ー経営そして現場から、書店の未来を考える」の分科会。

僕が司会をさせられるのは第4分科会の「若手書店人の力 ー現場発のコラボレーション」(7月7日(土)14時40分〜16時10分まで、)という講義で、本屋大賞代表:オリオン書房ノルテ店白川さん、千葉会(酒飲み書店員大賞)代表:堀江良文堂書店高坂さん、そして森見登美彦書店応援団まなみ組代表:ときわ書房聖蹟桜ヶ丘店高橋さんのお招きし、それぞれの販促についてお伺いする予定。

話を聞くのは大好きなのだが、この3人と僕で、果たして人前で話せるような内容になるのかは、いまだに半信半疑というか、かなり疑問を抱いている。酒が入らなきゃ大丈夫かなぁ…。

というわけでこちらの受講申し込み方法は、本の学校ホームページ(http://www.hon-no-gakkou.com/)の「出版産業シンポジウム2007in東京」から申込書がダウンロード出来ますので、よろしくお願いします。

いやあまり人が集まらない方が僕らとしては気楽で良いんですけど、運営の人は大変だと思いますのでよろしくお願いします。

浜田が健康診断のため、社内に残って電話番。涼しくて良いなぁと思ったが、本日は外も雨で、涼しいのだ。チクショー。

夕方、ジュンク堂書店池袋本店へ。
本日は恒例のイベント「翻訳文学ブックカフェ PART23」が行われるのだ。

満員のお客さんの前で、聞き上手の新元良一さんが、ゲスト柴田元幸さんから『囚人のジレンマ』リチャード・パワーズ著 柴田元幸/前山佳朱彦訳(みすず書房)について聞き出す。

『囚人のジレンマ』はブックファーストの林さんからも薦められていたのだが、あまりの分厚さと高額に腰が引けていたのだが、これは読まねばならない作品であることがよくわかった。また翻訳やパワーズについてはもちろん、アメリカに関してなどもとても興味深い話が聞け大満足。

また会終了後、柴田元幸さんが椅子やテーブルを片づけているジュンク堂書店のアルバイトさんに「お世話になりました。ありがとうございました」と深々と頭を下げていたのに思わず感動してしまった。

6月21日(木)

暑い! 暑すぎる。日本中の営業マンが叫んでいると思うけれど、とにかく暑い。

午後3時に定時連絡を会社に入れることになっているのだが、その受話器の向こうから聞こえる「急・25度」に設定されたクーラーの風を、めくってもめくっても破れないであろうツラの皮に当てているはずの浜田の声が無性に憎い。

しかも「暑い中お疲れさまです」なんてうわっぺりだけの言葉をかけられると思わず殺意を覚える、って彼女に罪はなく、人類全体に罪があるのだ。スマン。

溶けそうになりながら営業。

昨日、千葉会よりも浦和レッズをとったことを詫びつつ、水道橋のA書店Yさんを訪問。

「もうさぁ、千葉会は年齢はバラバラだけど中学校とかの同窓会のノリだよね。ため口で好き勝手言って、楽しいよ。たださ、酒飲み書店員大賞なんて妙に注目されたりしてるけど、飲み会の延長の遊びなんだから、そんなマジにならないでって感じだよね」

その気持ちはよく分かる。本屋大賞だって飲み会の延長の遊びなのだ。でも行きたかったな、そんな楽しい飲み会。

続いて東京ドーム側のY書店さんを訪問。こちらはこの場所に合わせた品揃えのなかば専門書店。野球、競馬、格闘技が中心。

入り口に大学野球の雑誌が積まれていたので「ハンカチ王子のおかげで売上好調ですか?」とうかがうと、どうもそうではなく、ここに来るような濃いファンは、ハンカチ王子よりももっと違うところに注目して大学野球を見ているから、例年と代わりないか、あるいは他の書店さんが置くようになっているため、減り気味だという。

その代わりジャイアンツが調子良いので、そっちの雑誌は昨年以上に売れているとか。このまま進んでくれると良いんですけどねとOさんは話す。

そんな会話をしつつ、気になったのが『芸能グルメストーカー』泉昌之著(コアマガジン)。芸能人(アイドル)が褒めていたお店を食べ歩き、芸能人に妄想するというマンガなのだが、ペラペラめくってみたら大笑い。思わず購入してしまったが、Oさん曰く「うちのロングセラーなんですよ。コアマガジンは企画がいいですよね」とのこと。言われてみたいな、そういう言葉。

本日も暑さに負けず一日を終える。いや本当はちょっと負けたけど。
誰も誉めてくれないから自分で誉めるよう。杉江はたまにちょっとだけ偉い!

6月20日(水)

起きるのが嫌なほど暑い。6月でこれではこの先どうなるのだろうか。

通勤読書は昨年以来ハマっている吉村昭の『間宮林蔵』(講談社文庫)。まったくこの著者のまるでその場にいたかのような描写力、そして史実を丹念に取材する力に思わずひれ伏してしまう。僕は探検物が好きなので、前半部の樺太探検部分に猛烈に興奮したが、後半部の隠密行動なんて学校では習っていなかったので、というか学校に行っていなかったので、驚きの連続。ああ、面白い。

問題はこの次に何を読むかで、僕の未読棚には候補が3点あったのだ。

まずは林蔵の師匠でもある伊能忠敬の生涯を描いた『四千万歩の男 1〜5』井上ひさし著(講談社文庫)。探検・地図繋がりであるし、やっぱりこれはいつか読まなきゃいけない本だろう。しかし今、全5巻なんて読めるだろうか。

第2候補は新刊時に高くて買えず、文庫になるのをずっと待っていた『静かな大地』池澤夏樹著(朝日文庫)。時代的にはズレるけれど、蝦夷地繋がりで読みたいところ。

そして最後の候補が、やっと復刊された『文政十一年のスパイ合戦 検証・謎のシーボルト事件』秦新二著(双葉文庫)。これは北上次郎氏にオールタイムベストを頼むと必ず挙げていた1冊で、しかし僕が気づいたときには文春文庫版は絶版で、いつか読みたいと願っていたのだ。それが今回、双葉文庫の「日本推理作家協会賞受賞作全集73」として復刊されたのだ。

『間宮林蔵』のなかでも後半部はかなりシーボルト事件について書かれるのだが、実はそのシーボルトと間宮林蔵が会っていた! なんて資料が出てくる話だそうで、北上次郎氏の力のこもった解説の最後の部分を引用すると「本書は超面白歴史読み物であり、一級のミステリーであり、ひらたく言えば珍しいほど知的興奮に満ちた書だ。こういう本はそうあるものではない。本書は第46回の日本推理作家協会賞・評論その他の部門賞を受賞したが、それも当然の結果と言えるだろう。超おすすめの一冊だ!」

そこまで言われたら読まねばならぬ、というわけで、次本は『文政十一年のスパイ合戦 検証・謎のシーボルト事件』秦新二著(双葉文庫)に決定し、今年初めての聖地・駒場スタジアムへ向かうのであった。

6月19日(火)

 立川を営業。

 立川はいったいどこまで発展するのだろうか。駅ビルの工事が進んでいるが、その奧にも商業ビルのようなものが建設されている。

 そんな街にあるのがオリオン書房さんで、それぞれの立地に合わせ、各店が違った品揃え&雰囲気を作っているのが面白い。

 各店を廻って、最後にノルテ店の本屋大賞実行委員でご一緒しているSさんを訪問すると「7月から文芸書のメインからは外れ、本部的な仕事になるんですよ」と話される。Sさん自身、当然売場に立って本や棚を触っていたいだろうが、立場的にこれからは出版社との交渉ごとなどが増えていくだろう。それは一般的に出世というか昇進なのだと思うのだけれど、同年代の、そして長年つき合ってきた書店員さんが、売場から離れていくのはただただ淋しい。

Sさんと初めにあったのは、このノルテ店のオープン時だった。妙にしっかりした発注が来たなと思い訪問したら、うちの本はともかく、渋いミステリーやSF、そして翻訳ものなどが並んでいてビックリしたのだ。

 そんなことを思い出しながら、帰路、『ぼくらが惚れた時代小説』山本一力、縄田一男、児玉清(朝日新書)を読む。あとがきに書かれているように最近の作品にあまり触れられていないのが残念だけれど、僕のような時代小説初心者には、その歴史と代表作がわかるうれしい1冊。しかし3人の小説そのものだけでなく、映画やドラマなどにまで精通した知識に頭が下がる。

6月18日(月)

 通勤読書は『行かずに死ねるか! 世界9万5000km自転車ひとり旅』石田ゆうすけ著(幻冬舎文庫)。7年5ヵ月かけて自転車で世界一周した青年の話。

 35歳の僕が読むと青臭く感じる部分がないわけではないのだけれど、それが青春だし、それが旅だし、逆にいうとその青さを素直に書くあたりが本書の魅力になっている。また、ひとり旅ではあるけれど、多くの人と出会い、著者が成長していく姿に思わず感動してしまう。10代、20代の子が読んだらきっと著者同様に世界に飛び出したくなる本であろう。ただしこの著者がロンドンで気づくように、決して「死んではいけない」と思う。

 営業はまず新宿へ。
 紀伊國屋書店新宿本店のKさんに資料をお渡ししつつ、エッセイ・随筆棚の作り方についてお話。かつてほど作家がエッセイを書かなくなり、多くの書店さんがこの棚の並べ方に困っているのだ。ノンフィクション棚も含め、著者順がいいのか、ジャンルでくくった方がいいのか?などいろいろと話す。時代ごとに本屋さんの棚割りを比較したら、面白いのではなかろうか。

 その後は、一路、吉祥寺に向かうが弘栄堂書店Oさんと啓文堂書店Mさんもお休みで残念無念。

 気を取り直してリブロに向かい担当のYさんと話していたら、なんと元・渋谷店勤務だというではないか。その時代の渋谷といえば「めくるめくめくーるな日々」の矢部さんから仕事を教わったのではないですか?と伺うとビンゴ! こんなところにも矢部さんのお弟子さんがいらっしゃるとは。しかもYさん、矢部さんの教えを忠実に守っているそうで、なんとなんと矢部さんが第7回で書かれた「本叩きタコ」を受け継いでいた。猛烈に感動。

 その後、ブックス・ルーエさんを訪問するが、こちらも文芸担当のMさんがご不在で残念無念。そのまま帰ろうかと思ったが、いつ頃からかルーエさんの2階の文庫売り場が気になるようになっており、なんか面白いことやってないかなぁとほとんどお客さん気分で寄り道をする。

 するといきなり正面に佐藤亜紀が積まれていてそこに手書きのPOPが付けられているではないか。僕も『ミノタウロス』(講談社)を読んで以来どっぷり佐藤亜紀にはまっているので思わず嬉しくなってしまった。

 壁棚に目を移すと、こちらは「文藝別冊」や「ユリイカ」あるいはコロナブックスとともに、その作家の単行本や文庫が並べられていてちょっと他のお店では見たことがない棚づくりをされている。非常に面白い棚だと思う。

 酒飲み書店員の幹事長でもある松戸の堀江良文堂の高坂さんの文庫棚も、メジャーリーグのような棚があり、そこには人気のある作家の文庫とともに単行本が並べられていて、一目瞭然の楽しい棚であるのだが、その過去版というか文芸版といえばいいだろうか。いやー2階に上がってきて良かったと棚を眺めていたら、かつて文芸書の担当をされていたときにとてもお世話になっていたKさんに声をかけられる。

「面白い棚ですね」と感想を漏らすと「こいつが一生懸命やっているんだよ」と担当の花本さんを紹介していただく。花本さんのお名前は新文化のHPで連載されている『ルーエからのエール』楽しく読ませていただいていたので一方的に存じていたのだが、仕事でご一緒する機会がなかったので初対面。緊張しつつ名刺交換をさせていただく。

 壁棚の話を伺うと「催事場のように考えていて、なんかやってないかなと楽しみにしていただけるようになるといいなと思ってます」とのことで、まさに僕なんかその企みに思い切りハマった一人。「文藝別冊」系の棚の隣では鉄道系の本が並べられているのだが、ここには鉄ちゃんカミングアウトブームを巻き起こしたコミック『鉄子の旅』を中心に、新書や単行本、そして文庫が並んでいて、こちらも間口が広く、しかし花本さんが「コミックから入った人とかが、内田百けんの『阿房列車』まで辿りついてくれたらうれしい」と話されるように、奥行きがある。

 ちなみに新文化HPに書かれているとおり、これから弘栄堂さんなどともに吉祥寺書店共闘計画『吉っ読』を立ち上げ、酒飲み書店員や不忍ブックストリートのような展開をされていくとか。

 ブックオカもそうだけど、何だかいろんなところで本にまつわる新たな展開が起こりだし、しかもそれらがほとんどチェーンや会社という枠を越えた、現場から動き出しているところが面白い。こんな業界他にないんじゃないかと思いつつ、帰社。

 やっぱり本屋さんって面白いんじゃない?
 

6月17日(日)炎のサッカー日誌 2007.11

 J1リーグ復活! 味の素スタジアムで行われるFC東京戦に参戦と思い、娘には仕事といい、妻には埼玉スタジアムとウソをついたが、出かける寸前に妻から「ちょっとこっち来い」と人差し指一本で呼び出される。あわてて妻の前に行くと、クイズを出題される。

「問題です。娘と息子の洋服のサイズを答えよ」
「えっ? 何よ? 何か買ってこいっていうの?」
「そうじゃないわよ、ただ洋服のサイズを知っているのか聞いているのよ。ダメよ、目、キョロキョロして、探しても。」

 この質問に答えない限り、玄関を通してもらえないらしい。

「サイズだろう、娘は120センチでさ」

 娘の洋服は先日水着を買いにいったときに聞いたからわかったいるのだ。問題は息子だ。こいつの洋服は従兄弟からもらったお下がりばっかりだから、正直よくわからない。2歳半だからおそらく80センチとか90センチだろう。果たしてどっちだ?

「早く言いなさいよ」
「えーっと、じゃあ90センチだな」
「ファイナルアンサー?」

 突然妻はみのもんたに変身し、目を剥き出して聞いてくる。
 えっ、もしかしてこれで間違うと本日のサッカー観戦はお預けになってしまうのだろうか。前回の生観戦が5月27日の横浜Fマリノス戦だからそれから20日間、禁断症状のなかでどれほど苦しい想いをしたか、妻よ知っているのか。

「ファイナルアンサー?」
「ええい、ファイナルアンサー。120センチと90センチ」

 ドキドキ、ドキドキ。目を剥く妻。

「……正解! テレビでやっていたんだけど、子供の洋服のサイズがわかるのは満点パパだってさ。悔しいけどサッカー行っていいわよ。味の素スタジアム。あんたウソつくの辞めた方がいいわよ、私がパートしているドラッグストアに浦和レッズの年間スケジュール貼ってあるんだから」

ばれていたのか……。

★    ★    ★

 やっとの思いで辿り着いた味の素スタジアムには、我らが田中達也が半年ぶりの復帰を果たし、いつだかの川崎フロンターレ戦のようにやってくれるのではないかと期待してコールをしていたたら、開始早々いきなりゴール。カモン! スーパー達也! カモン! ワンダーボーイ。

 その後はカテナチオ化した浦和DFが踏ん張り、FC東京のオウンゴールもあって2対0の勝利。引き分け続きで歌っていなかった『We are Diamonds』を久しぶりに熱唱し、最後はイタリア移籍の噂の立っている長谷部コールで締めくくる。長谷部よ、お前は浦和のヒーローだろ!!


★    ★    ★

 家に帰ると珍しく娘が起きていた。

「どうだった?」と聞かれたので「達也のゴールで勝ったよ」と答えると突然大きな声を出される。

「えーーーー!!! パパ会社に行ったんじゃないの? ウソ付いたの? ウソ付いちゃいけないんだよ!!」

6月15日(金)

佐野元春の待望の新譜『Coyote』を聴きながら出社。元春の声が聞けるだけでうれしくなってしまう。

 一日中社内にこもってDMづくり。しかし原稿の神様が降りてこず、しかもPCが不安定でやたらフリーズし、午後2時にはまったくやる気喪失。ボンヤリ外を眺めて過ごす。

 事務の浜田は、浜田省吾のライブに行くため定時前に飛び出し、NHKホールへ。発行人の浜本は娘と息子のお迎えのため一旦帰宅。「子供たちを寝かせてからまた会社に来るから」と松村に呟いていたが、それまで松村にいろというのだろうか。松村よ、そんなの気にしないで早く帰れよと呟きつつ、僕はW出版のAさんがセッティングしてくれた飲み会へ向かう。

「私、B書店のSさんとT書店のUさんが絶対気が合うと思って、いつか二人をと思って、今日の飲み会をセッティングしたんですけど、なんと先々週に別の飲み会でお二人が出会ってしまっていて、しかもやっぱりすごく仲良くなられたそうで……」と悔しがっておられたが、そういうことが出来る営業マンって素晴らしいと思う。僕も最近、楽ばかりしているので、ちょっとしっかり動かないと猛烈に反省。

飲み会は本好きが集まったので、2次会までトコトン本の話で大盛り上がり。楽しい一夜であった。

6月14日(木)

僕の父親が、それまで勤めていた会社を辞め、独立したのは、僕が小学校5年生のときだった。そのとき母親から「これからはいつ借金取りが来て、家がなくなるかわからない、その覚悟をしなさい」と言われ、夜も眠れないほど不安に陥ったが、運良く借金取りが押し掛けてくることはなかった。ただし、会社が軌道に乗るようになる5年ほどの間は、ビックリするような貧乏暮らしが続いた。

そんな父親の仕事は機械屋だ。鉄や金属を加工し、部品をこさえ、組み付ける。独立する際、それまでつきあっていた多く取引先から「こんどは杉江さんところに頼むよ」と言われたいたのだが、いざ独立してみると前の会社の手前から誰も仕事を頼んで来なかった。それどころか仕事場を提供してくれるはずだった知人すら、急に態度を変え、当初のもくろみは大きく外れたらしかった。父親は夜遅く母親にこぼしていた。

それでも毎日仕事を求め得意先回りとしていると、やっと1軒の工場から注文をもらった。父親の会社にとって初めての仕事だった。これは失敗できない。最高のものを作ろう、父親はそう思い、図面を引き、加工を考えた。そのときある加工をどうしても頼みたい職人さんの顔が浮かんだ。年老いた、小さな小さな町の旋盤屋さんなのだが、腕はピカイチだった。あの人に頼めば絶対良いものができると思った。

しかしその旋盤屋さんは、現金払いだった。代金をすぐ払わないと仕事を引き受けてくれないのだ。でも、父親の会社にはお金がほとんどなかった。この仕事が終わればまとまった金が少しは入るがそれもまだ先の話。ダメかとあきらめかけたけど、どうしても良い物をこしらえたかった。

翌日、中古のバンに材料を積み込み、旋盤屋さんに向かった。

図面を見せ、話をした。職人さんは「できるよ」と難なく答えた。
「でも...」と父親は支払いのことを話そうとした。するとその職人さんは、父親の言葉をさえぎり、こう話したという。

「支払いなんて後で良いよ。今まであんたの仕事を見てきたから。信用しているから。」

その夜、父親は家に帰って、母親と兄貴と僕を呼び出し、肩を震わせながらそんな話をしてくれた。

「お前たちには苦労をかけるけど、お父さんは今日のことだけでも、独立して良かったと思っている」


★    ★    ★


本日読了した『いっしん虎徹』山本兼一著(文藝春秋)は、伝説の刀鍛冶・長曽弥興里(のちの虎徹)の生涯を描いた時代小説なのだが、父親を救ってくれた職人さん同様、職人のアツイ魂が凝縮された渾身の1冊である。刀に託された職人の魂が人に伝わったとき、激しい感動に包まれること間違いなし!

6月13日(水)

 年々、地肌比率の高まる頭頂部を攻撃的な太陽がジリジリと焦がす。暑い。6月の初めにしてすでに夏。昨日より夏版営業七つ道具のひとつ水筒を持参。重いけれど、喉が渇く度に、ドトールや缶ジュースを買っていては、とても小遣いがもたない。

 営業は神保町。

 まもなく神保町本店と名称の変わる三省堂書店神田本店さんを訪問。4階のリニューアルが終わっていたので、早速覗くと、いきなりエスカレーター正面の棚が湾曲していて、カッコイイ。そのまま誘導されるように売り場に入ると、きれいな背の高い棚に入れ替わっていて、とっても広々した印象を受ける。平台がついていない棚だから、通路が広く見えるのか。そして場所柄を活かした大展開をされている「出版・編集の本」コーナーでは「本の雑誌バックナンバーフェア」を開催していただいていて、いやはや有難い。

 担当のEさんに話を伺うと、ジャンルによって強弱はあるものの、全体の蔵書量は増えているそうで、お客さんがしっかり本を探して見つけられるようになればとのことだった。

 そんななか一番調子が良いのが「自由価格本コーナー」で、こちらはお近くの八木書店さんからバーゲン本を仕入れ、販売しているとか。普通バーゲン本というと、趣味・実用書あるいは美術書なんていうのが多いけれど(それはおそらくそれらが売れ筋だからだろう)、こちらはしっかり4階に合わせ、人文書などが多く品揃えをされていて面白い。

「気をつけて仕入れないとまだ棚にある本(新刊)が安くなっていたりするんですよ。あとバーコードを消しておかないとレジを普通に通っちゃうんですよ」

 まだまだ古本の扱いには慎重さが必要だろうが、ここまで絶版品切れのサイクルが早くなると、新刊、古本に限らず「本屋」になる日が近いのではなかろうか。

 その後、書泉さんや東京堂さんを廻り、白山通りのある本物の古本屋さんを訪問し、かつて四ツ谷のB書店にいらしたSさんとお話。するとSさんも「金があったら、新刊と古本を一緒に扱う本屋をやりたいね。ジャンルを特化してさ。そうでもしないと町の本屋は生き残れないよ」と話されていた。

 10年後の本屋さん…どうなっているんだろう。

6月12日(火)

 通勤読書は、『瞳さんと』山口治子著(小学館)。

 もっとも愛する作家のひとり、山口瞳の奥さんが書かれた山口瞳論。山口瞳の小説やエッセイのなかでしばしば奥さんの神経症のことがその本人の奥さんの目線で書かれるとこれだけ奥の深いものだったのかとビックリする。また山口瞳のご両親の凄さも、他人の目線で描かれることによって一段と伝わってくる。

 また「書く」ということが、どれだけ家族や兄弟に影響を及ぼすか、あるいは作家の妻というものがどれだけ大変なのかということも思い知るが、それでも夫・山口瞳に素晴らしい作品を書いて貰おうとする奥さんが美しい。

 そして山口瞳が死ぬまで続けた週刊誌連載『男性自身』の連載依頼の際の、新潮社の編集者の言葉がすごい。

「生活は僕が保証します。山口さんには、エンドレスで原稿を書いていただきたい」
 その後この編集者は、奥さんのところにもやってきてこう約束したらしい。
「連載原稿は1回三万円、月4回なので計12万円になります。これを生活費にあててください。一生保証します」

 昭和38年の12万円がどれくらいの価値なのか僕にはわからないけれど、「一生」というのがすごい。

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 直行で6月18日搬入の新刊『本を読む兄、読まぬ兄』吉野朔実(著)を持って取次店廻り。受領書を忘れないよう気をつけながら御茶ノ水、飯田橋、市ヶ谷を廻って、帰社。そして今度は浜本と、吉野朔実さんのところへ訪問し、サイン本作成。

 相当冊数があったにも関わらず、吉野さんは嫌がることなく「これで本が売れるならいくらでもしますよ」と優しい言葉をかけていただき、うれしいかぎり。しかしその瞳には、やはり作家オーラというか、表現者オーラが宿っていて、僕なんぞは思わず焼けこげてしまいそう。やっぱりすごいな、吉野さん。

6月11日(月)

「本の雑誌」7月号の搬入日。人手不足なので、通常午後からの出社の助っ人軍団に朝から登場願い、せっせとツメツメをしてもらう。

 午後、茗渓堂さんへ直納を済ませ、フラフラと営業。

 暑さに負けて帰社する際にアイスを購入。ひとりだけ食っているとブツブツ言われるので、奮発して人数分購入。これくらいでココロが買えるなら安いもんだ、と思ったら、あっけなくアマノッチのココロが買え、「杉江さんのためなら何でもします」と忠誠を誓ってくるではないか。

6月8日(金)

山本一力『銀しゃり』(小学館)を読了。江戸時代の鮨職人を主人公とした、とても心地の良い時代小説だった。時代背景や貨幣の価値あるいは物の大きさなどがさりげなく説明されていているので、時代小説初心者に特にオススメ。

新小岩から上る営業、なのだが、残念ながらH書店Hさんとはお会いできず、残念無念。そういえばいつも訪問する時間帯が一緒で、それがいけないのかもと反省する。

亀戸のY書店さんでは意表をついて講談社学術文庫やちくま文庫が売れるとうかがいビックリ。日頃のベストでは、いわゆるテレビものとかばかりが売れるのに…。あっそういう大きい数字にならないお客さまがいるってことか。しかし併設しているもうひとつのシブイフェアはまったく動きがないとかで、この辺が難しいところか。

錦糸町のB書店さんは僕の好きなお店ランキングに常に上位ランクされているお店なのだが、棚やフェアから、あるいはSさんが作るコピー誌からこんな本ありますよという心意気が伝わってきてとても楽しい。

この日行われていた「人生に役に立たない本フェア」なんて、ひねりが利いていて面白いし、そこに集められていた本も、確かに直接役立たないけど、実は間接的にとっても役立つんじゃないの?と思うような本が並べられていて素晴らしい。

そんな棚を眺めつつ、担当のSさんに「男は黙って『鯨の王』ですよ」なんて押し売りならぬ、押し薦めをし、ひとしきり売れない話で盛り下がる。がSさんの偉いところは、売れない理由を決してお客さんや出版社のせいにしないことだ。

「年間7万7千点も本が出ているんですから、面白い本がないわけではないんですよ。そのなかからしっかりセレクトして、お客さんにお伝えする、それがうまく出来てないから売れないわけで、これは書店員の責任です」とキッパリ話す。

いやいや出版社だって問題はたくさんあるわけでと思わず頭を垂れてしまうが、それだけ売ると言うことにブライドを持っているのだろう。こういう書店員さんがいるかぎり、僕ら出版社は安心して本づくりに専念できる。そういえば、第1回本屋大賞の受賞スピーチで小川洋子さんも同じようなことを話していたっけ。

「(前略)これまで多くの書物を書いてきましたが、自分の書物が世の読者の心に届いているのか、常に不安と孤独を感じていました。でも、今日会場にある手作りのPOPを見て、「あなたの作品をしっかり世に届けていますよ」といういうみなさんの思いが感じられ、みなさんに背中を押され、励まされた気持ちです。明日からまた読者の心に届くよう書物を書いていきたいと思います 。」(本屋大賞ホームページより http://www.hontai.or.jp/jyusho2004.html


おそらく多くの編集者、営業マン、出版社の人間は同じような不安を抱えているのではなかろうか。

でも大丈夫! 多くの書店員さんが今必死に売ろうという気持ちになっているのだ。だから書店員さんが自信を持って棚に置きたくなるような本を営業していきたいと、錦糸町を後にして強く想うのである。

6月7日(木)

 通勤読書は我が友・みっちゃんの大好きな山本一力の新刊『銀しゃり』(小学館)。『あかね空』では豆腐職人が主人公だったが、今回は江戸の鮨職人が主人公。まだ85頁なのだが、どっぷりその世界にハマリこんでしまう。うまいね、山本一力は。

 友達でもなく恋人でもない、不思議といえば不思議な人間関係を漂う営業という仕事をしていると、相手が自分をどう思っているか気になるのだが、果たして「僕のことどう思いますか?」なんて率直に伺う機会もあるわけがなく、とにかくエラーをしないように気をつけつつ、雲をつかむような気分で日々を過ごしているのである。

 本日名刺交換以来3度目の訪問の書店員さんとお会いし、営業の話を終えたところで「実は明日で別のお店に異動になるんですよ」と伝えられ、せっかくどうにか少しお話できるようになったのにと残念に思っていたのだが、しかし異動を教えていただけただけでも何だかうれしい。

 しかも「どっちみちうちは営業ひとりしかいないんで、新しいお店にも僕が伺いますので」と迷惑かと思いつつお話したら、「ぜひお待ちしております」と答えていただき、実はそれまでかなりブルーな気分で過ごしていたのだが、一気に気持ちが晴れていく。

 おそらく社交辞令であろうと思うけれど、何気ない一言が、こうやって人の気持ちを変えたりするのだ。自分自身の発言に一段を気をつけていかなくては思いつつ、新たな営業ルートを考えるのであった。

6月6日(水)

 阿佐ヶ谷や荻窪では『秘花』瀬戸内寂聴著(新潮社)が売れていた。『鈍感力』渡辺淳一著(集英社)もそうだけど、おそるべしベテラン作家である。

 そんななか西荻窪の今野書店を訪問し、今野店長と長話。

「どれか1点がどーんと売れるんじゃなくて、今みたいにいろんなものがポツポツ売れていくのは小さな本屋にはつらいんだよね。そんないろんな本を置くスペースがないからね。あとやっぱり雑誌が売れないのが一番つらいよね。雑誌っていうのはさ、定期的にお客さんが本屋に来てくれるって意味ですごく大事なんだよね。」

 なるほどなぁ…と頭のなかに必死にメモ。そして小説があんまり売れないからいろいろ置いてみてるんだよね、と指さす平台の一角に珍しい本が積まれていた。

『街場の中国論』内田樹(ミシマ社)

 ホームページを見るとこちらは出来たばかりの出版社で(http://www.mishimasha.com/)今のところ直扱いなのか。ブログのリードに「『夢のある出版社をつくりたい!』 その思いを胸に株式会社ミシマ社をたちあげた」とあり、31歳の起業だとか。うーん、その想い、そして勇気に思わずひれ伏してしまう。

 夜は、出版業界サッカーバカ飲み会。いつもそうなのだが10数人の出版業界人が集まっておきながら、仕事の話は一切でず、3時間半、サッカー話のオンパレード。いやはや楽しいひとときを過ごし、終電で帰宅する。

6月5日(火)

 表紙を見た瞬間にピンと来て、即買即読した『鯨の王』藤崎慎吾著(文藝春秋)は、その期待をまったく裏切ることなく一気読み。これは個人的に2007年度ベスト1級の1冊であり、海洋冒険小説の傑作だ。読み終わった瞬間「男は黙って『鯨の王』だぁ!」と叫びたくなってしまい、いや叫ばずにはいられず、ときわ書房の宇田川さんを訪問し、早速叫んでしまった。

 福井晴敏さんの作品や『ホワイトアウト』真保裕一著(新潮文庫)や『五分後の世界』村上龍(幻冬舎文庫)などが好きな方には特にオススメ。いやはや手に汗握る展開に約450頁上下2段なんてあっという間に過ぎ去ることだろう。

 なんだか年明けからイマイチピンと来る本がなく、今年は不作か、なんて思っていたのがウソのよう。『湖の南』富岡多恵子著(新潮社)、『ミノタウロス』佐藤亜紀(講談社)、そしてこの『鯨の王』とベスト1級がどどっと出ていて嬉しい限り。もちろんまだまだ未読の話題作もあるわけで、ここはしばらく内需拡大で、本を買いまくる日々が続きそう。

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 とある書店さんを訪問すると文芸書が減っていて、やっぱり売れないから棚替えしたのか、と落ちこみつつ担当者に確認すると「違うんですよ。文芸書を狙った万引きが多くて泣く泣く減らしたんですよ」とビックリするような回答をいただく。

 そのお店はテナント店なのだが、入口から近くにあり、レジが中央に配置されているから確かに万引きされやすい店舗なのかもしれない。初めは万引きだと気づかず、売れたんだぁ〜なんて喜んでいたそうだなのが、後にスリップを確かめるがスリップもなく、レジを通った形跡もなく、万引きだと気づいたようだ。そして気づいてみるとかなりの頻度で本がなくなっており、どうも常習者が担当者がいない時間帯を把握し、複数冊も盗んでいくという。もちろん転売目的で。

 高額で転売できるような本であるから、それは売り場では売れ筋本であるわけで、せっかく仕入れた本が盗まれるのは2重、3重の被害なのである。本と万引きは切っても切れない関係なのだが、なかなか改善されることなくここまで来たのは、僕ら出版社側がなかなか真剣にとらえて来なかったからなのではなかろうか。被害はすべて書店さんが被るわけで、その辺の実感のなさが対応の遅れを招いているのだと思う。

 そうはいってもこうやって万引きによって苦しめられている書店さんはたくさんあるわけで、しかも最近は下手に捕まえると逆ギレされることも多く、捕まえるのも命がけである。いち早く安価でICチップなどを埋め込む方法が開発されることを祈っているが、もしかしてそれが出来ても、反応するような機械やレジの対応は、書店さんの負担になるのだろうか。

 なんだかなぁと僕がぐったりしている場合でなく、目の前の書店さんはもっと激しく落ちこみ憤りを感じており、どう言葉をかけていいのかもわからない。

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 最近営業していて一番よく聞く言葉は「それほどでもないんですよね」だ。

 人気作家…だと思える作家の、それも待望の新作が何点も出ているのだが、それが思ったほど売れないようなのだ。出版社はかなり期待を込めて、いや、これくらい売れて当然と思って刷っているのだろうが、読者の反応はイマイチどころかイマ10くらい。

 うーむ。お客さんの指向や物の買い方が変わって来ているような気がするんだけど、うまく言葉にできない。

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 人気作家(のはずの人)の作品が思ったほど売れないため、別の本を売らなきゃいけないわけで、本日訪問した津田沼の芳林堂書店の飯田さんは『走れ!T校 バスケット部』松崎洋(彩雲出版)に「読んでみたら面白かった!」と率直なコメントを付けて展開されていた。

「いやーほんと面白かったんですよ。それを、ひとりでも多くの人に知って欲しくて、思わずこんなひねりのないPOPを付けちゃったんですけど、おかげさまで順調に売れています」

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第3回酒飲み書店員大賞の推薦作の投票が本日〆切。飯田さんの話じゃないけれど、僕も素直にひとりでも多くの人にその作家の面白さを知って欲しいとひねりもなく投票を済ます。果たして他の酒飲み書店員は何を推薦してくるのか? やっぱりこういうのは楽しいな。

5月31日(木)

 6月6日搬入の『らくだの話ーそのほか』椎名誠の見本を持って取次店廻り。月末搬入のピークも過ぎたからか、各社とも窓口は空いていて、余裕のよっちゃんで終わる…はずが、あろうことかN社の受領書を窓口に忘れてくるという大失態を演じてしまう。あわてて御茶ノ水へ戻り、苦笑いで誤魔化しつつ、新任の担当者Sさんから受領書をいただく。恥ずかしい。でも、あって良かった。もし紛失していたら事務の浜田が大魔神化し、ぶちのめされていただろう。

 気を取り直して、午後は市ヶ谷の地方小出版流通センターさんへ。「最近、元気が良い出版社はありますか?」と担当のKさんに伺うと、「ここは結構面白いよね」とエレファントパブリッシングを紹介していただく。あれ? そこは小林紀晴さんの『旅をすること』を出版されている会社では?

「そうなんだよね。あれ以来の久しぶりの新刊が『マファルダ(1)』キノ著っていうマンガなんだけど、これを出したいがために出版社を起こしたらしいんだよね。そういう気持ちがこもった本や出版社はやっぱり良いよね」

 その後はしばらく本が売れないことについて話を続けたが、最後にKさんは「売れない売れないって話をするときに質のことを忘れちゃいけないよね」とこぼした。

 そうなんだよな、ここ15年で年間の出版点数は約4万点から8万点の倍になっているんだけど、売上はここ10年縮小していて、ならば出版業界だって大きくはなっていないだろう。ということは同じ労働者人口で倍のものを作っていると考えてもいいのか。そうなれば、やっぱり質はどうしたって下がっていくのではなかろうか。

 嗚呼、売れないってのに慣れていたつもりだったが、度が過ぎて来たような気がする今日この頃。

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