WEB本の雑誌

9月26日(水)

心ここにあらず、韓国全州ワールドカップスタジアムにある。本日は我が浦和レッズがアジアチャンピオンズリーグ決勝トーナメント準々決勝第2戦をアウェーで闘うのだ。行けば良いのに、家族だ仕事だとぐちぐち言って、結局行かなかった自分の不甲斐なさを攻める。ダメだな。とても仕事なんて手が付かないので、今日はマックロクロスギエでなく、マッカッカスギエに身をゆだねる。ああ、最低。

9月25日(火)

暑さもだいぶ引きだす午後5時時頃になると、マックロクロスギエが顔出す。こいつはカニのようなかたちをしていて、僕の思考のなかを横歩きしながら、ささやくのだ。

「もういいんじゃない。もういいんじゃない。もういいんじゃない。」

年々マックロクロスギエは数を増やし、僕を攻めてくる。

上司も部下もいないひとり営業マンには、報告書もなければ、査定もない。だからその日の営業を終わりにしてまおうと思えばいつでも辞められるのである。また体力的にキツイ日もあれば、精神的にキツイ日もある。長年仕事を続けているれば、そういう日に手を抜く方法だって知っている。帳尻を合わすことは可能なのだ。

ただし、その帳尻合わせは数字の上だけのことであって、自分自身の不完全燃焼な気分は帳尻合わせしようがない。酒に逃げても一緒だし、サッカーを観ても自分自身は騙せない。そうやって手を抜いた日は夜寝るまで、いや翌日目覚めても気分が悪い。その気分の悪さが翌日の営業に影響し、子供や妻に当たってしまうこともある。結局、悪循環もいいところで、結果やノルマなんて関係なく、とにかく自分自身が満足できる営業を毎日しようと心がけている。それでも毎日夕方になるとマックロクロスギエが頭のなかを走り回る。

「もういいんじゃない。もういいんじゃない。もういいんじゃない。」

駅のホームに立って、会社方面に向かう電車をみるとマックロクロスギエのささやきどおり「もういいかな」なんて考えている自分がいる。来た電車に乗ってもぐだぐだ考え続けていると、そこに天使のようなマッシロシロスギエが現れて、「やっぱり気持ちよく眠りたいよね」なんてフワフワした声で耳元で呟いてくる。そうなのだ。ここで妥協してはいけないのだ。

あわてて次の駅で飛び降り、書店さんに顔出す。そんなときに限って良いことがあったりするから不思議だ。本日はマッシロシロスギエが勝ち、完全燃焼するまで書店さんに飛び込んだのであった。

9月21日(金)

日本の季節は、四季から五季になったのではなかろうか。春、炎夏、夏、秋、冬。9月の下旬になろうというのに、普通の夏のような暑さ。営業マンには、苦しい日々が続いている。

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通勤読書は、出たばかりの『怪魚ウモッカ格闘記 インドへの道』高野秀行(集英社文庫)。年に2作も高野さんの新作が読めるとは、なんて幸せな年なのだろうと考えつつ、一気読み。

前作『怪獣記』(講談社)では、トルコのワン湖にいるといわれる怪獣・ジャナワールを探しに行った高野さんなのだが、今作ではインドの漁村で見かけられたサメとシーラカンスを足して二で割ったような怪魚・ウモッカを探す旅に出るのである。

しかしこの「ウモッカ」。なんと目撃者はただひとりしかおらず、写真やビデオもない。唯一あるのが目撃者が書いたイラストのみで、そう聞くとあまりに眉唾な話に聞こえるのだが、高野さんの探索行(目撃者などに会いに行く)を読んでいると、ジャナワールやムベンベよりもいる気がしてくるのはなぜだろう。海の神秘性だろうか。

ちなみに今作では今までの作品よりも高野さんの内面がより濃く描かれ、特に旅に出るまでの不安な気持ちは、探検家なんて言ったら、なんかもっと直情的な行動派だと勝手に考えていたのだけれど、よくよく考えてみればそんなわけはなく、登山家やF1ドライバーなどように困難なことに立ち向かう人ほど慎重に行動するのが当たり前なのだ。じゃなければその人は探検家になる前に死んでいるのだ。

というわけで高野さんお得意の語学を習うところから、動物学の専門家に会ったりして、自分が探そうとしているもが本当に未知なる動物なのか、爆弾を抱えたように繊細に聞いて歩くのである。これが面白い。

そしてついに高野さんは、『ワセダ三畳青春記』の名脇役・キタ氏とともに、ウモッカ探索の旅に出るのであるが、この旅が、ある意味スコット南極探検隊に匹敵する「世界最悪の旅」になるのである。ただし「世界」と「最悪」の間に「間抜けな」が入るのであるが……。それは読んでのお楽しみ。

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下北沢のS書店を訪問後、渋谷へ移動。

間もなく閉店となるブックファースト渋谷店を訪問。先日まで行っていただいてたエンタメ・ノンフフェアのお礼を2階のSさんにしてから仕入れのHさんのところへ向かうと、そこにかつてK書店さんに勤めていらしたKさんが立っているではないか。

うん? どうして??? 数年ぶりの再会に頭がパニックしてしまい、「え?」「うわ!」なんてやっているうちに、Hさんと打ち合わせに。(後日連絡いただいたところによると某出版社さんで働いているとのこと)いやー、こういう再会はうれしい。

再会といえば、Y書店さんのこの秋の異動で、いつもお世話になっている人達が東京の店舗に移られてきたのもうれしいところ。本日渋谷営業の後に、恵比寿や目黒のお店を訪問し、ご挨拶。しかしそうなるとかつてこの店舗にいらした書店員さんがどこへ行かれたのかも気になるところ。

出会いと別れと再会を繰り返し、この仕事はいつまでも続くのである。

9月20日(木)

通勤読書は、『Four Four Two』。イギリスで発行されているサッカー雑誌だ。
この雑誌はなんといっても写真が素晴らしい。とにかく写真が素晴らしい。おそろしいくらい写真が素晴らしい。だって本文が英語でまったく読めないんだもの。

なぜそんな雑誌を持っているかというと、レッズ仲間のキリが僕に渡すのである。彼は英語もフランス語も韓国語も出来る超優秀のエリートで、おそらく人間というのは誰もが英語が読めると思っているのである。そうでないとしたら僕の勤める「本の雑誌社」というところを、本と雑誌を回収する業者だと思っているのだと思う。

9時17分出社。
メールをチェックし、いくつかに返信。思いついた企画を書店さんに投げる。そうこうしていると先日メールで原稿依頼させていただいた札幌の名店・くすみ書房(http://www.kusumishobou.jp/home.html)の久住さんから電話が入る。「ちょっと東京に来ているのでお時間をいただけないでしょうか?」ああ……、僕が本来訪問しなければならないのに、恥ずかしいかぎり。16時30分に待ち合わせ。

11時32分、会社を出て、とある作家さんのところへ。

『おすすめ文庫王国2007年度版』で原稿依頼し、それはご快諾いただいていたのだが、やはり会わずに仕事をするのは僕の性分に会わないし、そんなことよりその作家さんにお会いしたかったという、単なるミーハー根性丸出しで出かける。

高尾のとてもきれいな喫茶店でお話。想像していた雰囲気とまったく違いビックリするが、お話していると作品どおりの方でうれしくなってしまった。ついつい調子にのって、いろんな企画を出してしまったが、いつか単行本が作れたらな……と夢のようなことを考える。

16時12分、帰社。するとすぐに久住さんがいらっしゃり、売れない文庫フェアや本屋のオヤジフェアや朗読会のお話を伺う。ああ、東京にこんな素晴らしい本屋さんがあったらしょっちゅう通うのにな……なんて思うが、札幌は札幌で新店ラッシュで大変だとか。しかし久住さんは次から次へとアイデアが浮かぶようで、他店の良いところを参考にしながら、次なる一手を打っておられた。36歳のワタクシが、オヤジに負けてはいけないと強く思った。

18時18分、退社。
今夜は新潮社さんの新刊ラインナップ発表会にお誘いいただいていたのだが、その前にM書店のYさんと飲む約束をしていたので、お茶の水へ。他の出版社の人などと遅くまで、本の話で盛り上がる。

9月19日(水)

通勤読書は、大杉栄の『自叙伝・日本脱出記』(岩波文庫 青134-1)。

この本は、8月20日の日誌で高野秀行さんに薦められた『パリ・ロンドン放浪記』ジョージ・オーウェル著(岩波文庫)が今更恥ずかしいけど面白かったよと書いたところ、とある出版社の編集者から「ならば大杉栄の『自叙伝・日本脱出記』も楽しめるはず!」とオススメいただいたのである。オススメ本の連鎖攻撃。

ちなみにブックファースト渋谷店の林さんからもならばと薦められたのだが、その本は『ボヌール・デ・ダム百貨店ーデパートの誕生(ゾラ・セレクション)』エミール・ゾラ(藤原書店)だった。こちらは5000円を超える高額本なので未だ買えずにいるが、いつか読もうと思っている。

しかし大杉栄に、ゾラか。思えば遠くにきたもんだ。
毎日この日誌を読んでいる方には、とっくにばれていると思うけれど、僕、とっても頭が悪いのだ。大丈夫かな?

うん? 『自叙伝・日本脱出記』、決して難しい本でなく、普通に面白いぞ!

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9時18分出社。

今夜は浦和レッズがアジアを制するための大事な試合があるので、ノー残デー決定。

というわけで営業に出る13時までにデスクワークを終わらさなければならないのだが、全点注文書を作り直し、既刊書の注文書を1枚作り、書店さん向けDM「本の雑誌通信」の両面を制作し、「おすすめ文庫王国2007年度版」の原稿依頼書も書かなければならないのだ。普通だったら一日半から二日かかる作業なのだが、僕に残された3時間半。終わるだろうか…って終わるわけねーだろ。でも終わらせなければならん。浦和レッズが待っているのだから。

PK戦のときの川口能活のような鬼神となり、一切無駄口もお茶も飲まず、作業に没頭。頭の中では浦和レッズの新しいチャントが鳴り響く。

赤き血のイレブン
ラララ浦和レッズ
世界に見せつけろ
俺たちの誇り

予定より3分過ぎた、13時3分にデスクワーク終了。イエース!!

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会社を飛び出し営業へ。

川口、浦和、さいたま新都心、大宮などを廻る。

さいたま新都心の紀伊國屋書店さんでは、ケータイ小説のコーナーが拡大されていて、そのなかに本日も2点の新刊が積まれようとしていた。ケータイ小説の隆盛が叫ばれているが、不思議なもんで都心部では売れず、大宮や町田や柏など沿線に出ると、他の文芸書を圧倒するかのように売れている。完全なドーナツ化現象で、おそらく地方ではもっと売れているのではなかろうか。そういえば渋谷発なんて煽っていたけど、その渋谷じゃ即返されていた、なんて逸話もあったな。

またジュンク堂書店大宮店さんでは桜庭一紀の読書倶楽部棚というのがフェア展開されていて思わず目を惹かれる。いいなあ、こういうの。

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18時まで仕事をし、一路さいたまスタジアムへ!
今日の僕はよく頑張った。浦和レッズもガンバレ!

9月18日(火)

通勤読書は『露の玉垣』乙川優三郎(新潮社)。とても地味な歴史小説だけれど、かなり好きかも…。

9時32分、出社。ほんとはもっと早く出社したかったのだが、息子と遊んでいるうちに時間が過ぎていた。夜、帰宅したときには家族全員寝ているので、朝と休日だけが僕が家族とともに過ごせる大切な時間なのだ。

メールチェック。必要なものに返事を書き、収録の日程が決まった『おすすめ文庫王国2007年度版』の座談会の出席者に連絡。目黒さんから『何もない日々』の原稿が届いていたので早速アップ。先日、「今年の文庫ベスト1」を発見したので目黒さんに送っておいたのだが、それをまだ読んでいないようなので、「絶対読むべし!」と脅迫。アマゾンに表紙画像を送る。

11時17分。某出版社の知人からメールが届く。

そこには「『本の雑誌』10月号、いまニッポンの文庫はどうなっているのか! すっごくいい内容ですね。各文庫の創刊時の広告が網羅されているのと生存率…永久保存号になりました。すっごく苦労されたんじゃないでしょうか? 力作ですよね。思わずうちの社の人間にも「すごいっすよ! 本の雑誌の今月号!」と言ってしまいました!」と書かれていた。

う、うれしい。泣けてくる。9月号の「エンタメ・ノンフ」特集に続き、勝手に特集を仕切ってしまった10月号。果たしてどう受け入れられるか、心配だったのだ。半年以上助っ人を使って調べた甲斐があったというもの。助っ人諸君、ありがとう。

お礼のメールを送り、事務作業をしているとあっという間に12時8分。誰も席を立たないので、代表してささ家に弁当を買いに行く。小林と松村はさばしお弁当、浜田はさけ弁。僕はおかかおにぎりとさけおにぎり、それとかぼちゃの煮たやつ。

昼食中、助っ人の関口鉄平が来たので、しばしいじめ、ストレス解消。

1時、営業へ。
大手町に向かうが、K書店、Y書店さんともに担当者さん不在で残念無念。東京に移動するが、こちらもなかなか会えず、本日撃沈かと思っていたら、八重洲ブックセンターでいつもは忙しくてなかなかお話できないKさんとじっくりお話ができた。良かった、良かった。

ここ八重洲ブックセンターでは、8月の新潮文庫裏100選に引き続き、今月は文春文庫の裏100選のフェアを開催しているのだが、この売れ行きベスト10がもうビックリの10冊なのだ。

1位『満州鉄道まぼろし旅行』川村湊
2位『幻の漂泊民・サンカ』沖浦和光
3位『考えるヒント』小林秀雄
4位『中国てなもんや商社』谷崎光
5位『その男』1巻 池波正太郎
6位『すきやばし次郎 旬を握る』里見真三
7位『凡宰伝』佐野眞一
8位『遺言』川上哲治
9位『血族』山口瞳
10位『長い旅の途上』星野道夫

しかしそもそもこれらの作品を選んだ八重洲ブックセンターの方々の選択眼に脱帽。
これからもいろいろと面白いフェアをやっていくようなので、目が離せない。

銀座へ移動し、先週お会いできなかった書店さんを訪問。マロニエゲートがオープンし、かなりの人出だったようだが、書店さんの売上に変化はなかったようだ。この後、丸井がオープンするのだが、果たしてどうなるか。

銀座を終え、御茶ノ水の丸善さんへ。

Yさんと文芸書の情報交換した後、文庫のYさんにご挨拶。こちらの文庫売り場は、Yさんの書くPOPが有名だが、ほんと煽られるというか、背中を押す素晴らしいPOPばかり。現在は『閉鎖病棟』帚木蓬生(新潮文庫)が大きく展開されているのだが、なんと先週末から並べて、すでに50冊以上売れているというではないか。もしかして『行きずりの街』志水辰夫(新潮文庫)の再評価&バカ売れに続くのは、これなのではなかろうか。もちろんYさんのPOPがあってこそなんだと思うけれど。

17時32分、帰社。

メール、チェック。特記事項なし。
注文の整理の後、この日誌を書く。営業脳から編集脳に切り替えるのに、ちょうど良い。
編集者にへんしーん!!

9月12日(水)

僕の記憶が間違っていなければ、本日「WEB本の雑誌」7年目に突入! ということはこの「炎の営業日誌」も7年目に突入ということで、回数にすると本日の更新が1476本目。あと24本で1500本ではないか! 誰も誉めてくれないので自分を誉めよう。パチパチパチ。

それから読書相談員の皆様、連載陣の皆様、歴代新刊採点員の皆様、システム担当者の皆様、運営の皆様、ありがとうございました。そして読者の皆様、これらもよろしくお願いします!

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ちなみに本の雑誌社に入社してからはまもなく11年なのだが、先日突然社長の浜本から呼び出され、「君の仕事って不思議だよね」なんて今さら言われたのにビックリした。

「だってさ、営業なのに単行本の企画を出すは、雑誌の企画も出すし、タイトルも帯も決めるじゃない。著者にも会いにいっちゃうし、それに広告も取ってきたり、普通の営業だったらしないよね」

うーむ。まるで物好きなでやっているような言われようだが、すべてその本と会社のためを思ってのことなのだが……。

「それでさ、君はもう営業部っていうの辞めない? 出版部、そう出版部。出版部部長って格好いいじゃん」

ちなみに今、僕が使っている名刺には「営業部 部長」と刷られているのだが、部長という肩書きは、忘年会で目黒さんにじゃんけんで勝って昇進したのだ。(5勝2敗)しかし昇進といっても待遇は一切変わらず、ただ名刺に刷れる権利を得ただけなのだ。

このまま黙っているとなんだか怪しい方向に話が進んで行きそうなので、沈黙を破る。

「出版部ですか? 出版部って何をするんですか?」
「だからさあ、本を作って営業して、広告も取って、雑誌の企画も出して、まあ今、君がやっている仕事だよ、基本的に…。」
「き、基本的ってどういうことですか?」
「いや、だからさ、好きな本、作っていいって。」

うん? 好きな本を作って良いって言ったか、今? ということは、浦和レッズの本とか、浦和レッズの本とか、浦和レッズの本とか、世界探検冒険全集全50巻なんてのもありか?

「あっ! いや企画会議を通ればだよ」

それじゃ今までと変わらないのではなかろうか……。
しかし今まで編集を介して本を作ってきたけれど、どうしてもどこかでイメージがズレてきたのだ。

「変わらないなら呼び名なんてどうでもいいですけど」
「あっ、そう。じゃあ君、今日から出版部ね」

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そんな話が出たのが8月の末だった。それから半月、僕の机の上はトンデモないことになっている。いやもちろん営業は今まで通りやっていて、早朝と19時以降が編集部的な仕事に割り当てているのだけれど、いやーどうなるんだろう。辞任した方がいいかな?

しかも大事なことを聞き忘れたことに今さら気づいた。
「出版部と営業部じゃ待遇は違うんでしょうか?」

9月7日(金)

写真家・高橋昇さんのお通夜に参列。58歳。

あまりに突然で、あまりに早すぎる死。
浮き球△ベースでお世話になり、可愛がってもらっていたのでショックが大きい。

僕が何気なく妻と娘の写真を撮っていたら「おい貸してみろ」と声をかけられ、「そこに並べ」と僕ら家族の写真を撮ってくれたことがあった。「まったくお前ら俺に写真を撮らせるなんて」とブツブツ言っていたが、スキンヘッドの奥に光る瞳は笑っていた。

優しくて、優しくて、優しくて……。そんな人だった。

高橋昇さんの写文集『笑った。』(本の雑誌社)には、こんな一文がある。

「モンゴルの故郷にこんなのがある。
 “人は泣きながら、泣きながら、人になる”のだそうである。流した涙の量だけ、泣いた数だけ人間らしくなれるんだそうな。だったらオイラはもうとっくの昔から立派な大人になっていなくてはいけないはず、……である。」

僕も今日は涙が止まらない。
人間らしくなれることよりも、もっと欲しいものがあるけど、どうにもならない。

高橋昇さんが『オーパ!』で共に旅をし、師と仰ぐ開高健さんへの思いを写真で綴った『男、が、いた。開高健』(小学館)の最後の一文を、僕も高橋昇さんに贈った。

「ありがとう、さようなら。」

9月6日(木)

台風接近中。しかし今日は元・助っ人の面々と酒。大丈夫か?

とある書店員さんの話。

「ここ2,3年、出版社の営業マンの質が落ちたよねぇ。若い人、酷いよ。なんか勘違いしてるっていうか、編集者が面白いっていってるものをそのまま持ってきて、『どうしてこんな面白い本をこのお店はそれしか取らないんですか?』なんて平気で言ってくるからね。そんなムキになって入れても、この業界は返品があるじゃない。返品になったらお互い損なんだから、昔はそういう微妙な感じを理解して注文取っていたよね。それに編集者が面白いっていうのはそりゃ作っている人間なんだからわかるけれど、営業マンはまた別の立場で考えるのが仕事なんじゃないのかなぁ。参っちゃいますよ」

面白いかどうかを決めるのは、編集者でも営業マンでもなく、お客さんだろうし、僕自身も書店さんとの飲み会でビックリするような態度を取る営業マンを見かけたことがある。そのときは思わず説教しそうになったのだが、僕が怒る前に書店さんが怒りだし、あわてて仲裁に入ったっけ。

そういえば叱ってくれる書店員さんもいなくなった。僕が営業マンになった頃は、まだベテランの書店員さんがいっぱいいて、挨拶の仕方から訪問する時間帯、そして注文の取り方など、何度も怒られた。まあ僕だって、いまだに毎晩その日の仕事を振り返ると反省ばかりだから人の営業にとやかくいえたもんじゃない。気をつけなくてはいけないのだ。

あっ、そういえば別の書店員さんの飲んだときに、こんな話を聞いたことがあったっけ。

「この間さぁ、レジが混んでいて、俺もレジに入っていたのよ。何人かお客さんを受けて、次に並んでいる人が前に出てきたらいきなり名刺出しやがって、自分の時間って感じで、レジを挟んで営業しようとすんのよ。ビックリしたよ。もちろん追い出してやったけどさ」

9月4日(火)

とある書店員さんの話。

「10年前の本屋ってさ、もっと面白かったよね。書店員もいろんなやつがいてさ。今はもうさ、いかに人件費を抑えて、アルバイトさんで運営するか、それしかないもんね。だからフェアなんて出版社が報奨金を付けるような、そんな金になるフェアばっかりだもん。笑っちゃったのはさ、うちでやっているフェアと、住んでるところにある本屋のフェアがまったく同じなんだよね。そんな時代に世間は『本屋、本屋』っていって注目してくるんだもんね。何だかなぁ。でも本屋には金がないんだよね。きっとうちもないんだろうな。人、増やせないもんね。減る一方。コンピューター導入して、少人数で…っていうけどさ、それは最低限の最低のことしかできないのにさ。ごめんね、愚痴になっちゃって」

最近ずっと考えているのは、本屋さんがここまで追い詰められる前に、出版業界は何かしなければならなかったのではないかということだ。本屋さんというのは、ただ本がある場所、ではなかったはずなのだから。

9月3日(月)

7月の上旬あたりから、書店店頭を営業で廻っていると「8月は面白い本が出るから」なんて話題になっていた。ここ数年、文芸書は書店さんにゲラを配ることが多くなり、こうやって1ヵ月前くらいから面白新刊情報が転がりだす。

それにしてもあまりに多くの書店員さんが「面白い」と興奮しているので、ついに我慢できなくなり、いったいそれは誰の何って本ですか?と伺うと『サクリファイス』近藤史恵(新潮社)だというではないか。自転車小説で、ちょっとミステリーで、リリースが妙に熱くて、絶対、杉江さん好きですよ!

そういわれても、そのときは目の前に本があるわけではなく、どうすることも出来なかったのだが、国際ブックフェアの会場で、その本の編集者とバッタリ会ったら、こちらから話す前に『サクリファイス』の話をされ、そのまま止まらなくなってしまった。このまま話を聞いていると、僕は一行も読む前にすべてわかった気になりそうだったので、「何でもいいからゲラ下さい」とお願いすると噂通りの熱いリリースとともに、ゲラが届いた。本来はゲラで本を読むのが嫌いなのだが、今回は我慢できず、一気読み。多くの書店員さんが騒いでいたのがよくわかる。面白い!!! いや面白すぎる。

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しかし今日は、本の内容については、2007年を代表するエンターティメント小説だと断言し、脇に置いておく。

今日書きたいのは内容のことではなく、こうやって作家さんが面白い本を書き、編集者がそれを傑作だと信じ、書店さんにゲラが配られる。それを書店員さんが惚れて、ついに店頭に本が届き、並び出してからの問題である。

この面白さをどう伝えれば良いのか? いやどう伝えれば売れるのか?ってことだ。

編集者はビックリするくらい熱いコメントを帯の裏に書いている。書店員さんはすでにPOPを立てたり、看板を作ったりしている。書評家もこれから各紙誌で取り上げていくだろう。出版社は新聞やネットに広告を打つかもしれない。この本に関わっている人間は誰も手を抜いていないのである。できるところで、できるかぎりのことをしているのだ。

しかししかし数年前であれば、そういう努力によって、単行本の小説もベストセラーになったし、本好きの間で騒がれることによって10万部までは行ったと思うのだ。ところが最近は、あの作家も、あの作品も、そんな数字まで届かず、ある書店員さん曰く「だいたい思った部数の80%から70%って感じですかね」という状況なのだ。

どうしたら本が売れるのか?

多くの書店さんから聞こえてくるのは「面白い本はあるのに…」であり、それは僕自身も同様の気持ちである。えっ? あの本がそれしか売れてないの? 驚くような部数を告げられることばかり。

その「面白い本」の情報が、内輪から外に出て行かないのである。いや違うかもしれない。外に伝えているのだけれど、それでも買うところまでなかなか行かないのである。

ならばテレビで取り上げられればいいのか? それとも最近よく言われる口コミがでかいのか?
 広告も新聞で良いのか? ネットが良いのか? 

うーん、正直言って、僕、この10年で一段と本が売れる構造がわからなくなってきている。

ひと昔前なら、あの賞を獲れば何万部(何十万部)とか、あのベスト1なら何万部とかいうのが、まったく通用しなくなってきているし、大手新聞の書評に出ても反応がなかったり、あるいは人気作家といえでも、前作の売れ部数が次作で通用しない。

何が変わったのか、僕にはわからない。でもこの10年で本の読まれ方、いや買われ方が変わったことだけはわかる。そしてこの先は……、まったくわからない。

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そんな最近の嫌なジンクスを打ち破り、『サクリファイス』がひとりでも多くの読者に出会えることを祈る。小説の力を見せてくれ。