WEB本の雑誌

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12月27日(木)

「金はやらんが休みはやる!」とやたら威張っている社長の浜本であるが、その言葉どおり休みは太っ腹。本の雑誌社は明日より10日間の年末年始休暇に突入する……のであるが、よく考えてみたらこの会社には有休という制度がないので、決して休みをたくさん貰っている訳ではないだろう。

 年賀状を書きながら、年男であった2007年を振り返ってみるが、何だかどの仕事も中途半端になっているようで、不完全燃焼の一年であった。営業も真新しいことができず今までの延長線上で仕事をしていたし、編集も威張れるほどのことは出来なかったし、この日記もときには更新が途絶えてしまったり、また内容も大したことが書けず哀しい限りである。唯一誇れる仕事は『本の雑誌』9月号のエンタメ・ノンフ特集くらいか。

 年齢的な問題なのか、自分自身の問題なのかわからないけれど、とにかくどの仕事も今までの延長線上でするようになっていて、そういうマンネリ感がとても気持ちが悪い。10代の頃は毎日同じ電車に乗って仕事に行くサラリーマンを唾棄していたけれど、今はそれに関してまったく不満はない。でも仕事は常に新しいことに挑戦していきたい。来年は勝負の年として、このマンネリから脱却し、緊張で足が震えるような、新しい仕事をしていきたいと思っている。この日記だってもっと面白いものにしていきたい。

 まあそんなことを考えているのだが、でも子供は元気だし、家庭は、妻はとっても不満そうだけど、どうにか暮らしているし、これ以上望んでは罰が当たるか。しかし人間の欲望はそうそう抑えることができるわけがなく、出来れば浦和レッズの試合のすべてを生で観たいとこそこそと動いている。来年こそはアジアとJ1を制覇し、浦和の街を歓喜で揺らしたい。来年があることこそ、希望か。

「本の雑誌」の読者の皆様、そして「WEB本の雑誌」の読者の皆様、一年間ありがとうございました。スタッフ一同、心よりお礼申し上げます。また来年、より面白い誌面、より充実したWEBを目指して、頑張って参ります……って何で私が書いているのかわかりませんが、社長はすでに明日から行く家族旅行に心を奪われているようなので、そんな社長に成り代わりまして、ご挨拶させていただきました。

12月26日(水)

 この時期の営業マンは、年末の挨拶回りになるのだが、これが結構難しい。

 なぜなら書店さんは年末だろうが年始だろうがお店を開けているし、クリスマスから年末にかけてはお店も混み、雑誌の搬入も前倒しになっていたりするから、実はかなり忙しいのである。そんなところにのこのこ顔を出し「今年もお世話になりました」なんて挨拶するには勇気がいる。しかし感謝の気持ちは伝えたかったりしていやはや悩む。

 そんななか訪れた錦糸町B書店のSさんの言葉が胸に響く。

「いやー商人なんていうのは、人様が休んでいるときが稼ぎ時って昔から言われるじゃないですか、だから全然気にしていないですよ」

 ちなみに私が訪れたときに他の出版社の営業マンと商談していたのだが、その際営業マンが薦める本が売れるかどうか、いやSさんの感覚からいえば「売る」ことができるかどうか自信がなかったようで、注文を出し渋っていた。すると営業マンは「本が出来たら送りますので読んでみてください」と必死にプッシュ。ところがSさん、それを聞いてこんな言葉を漏らした。

「読んで売れるかどうかわかるなら、そんな楽な商売ないですよ」

うー、Sさん。あなたは、どこまで誇り高き書店員なんでしょうか。年末にこんな素晴らしい言葉が聞けて良かったです。

 来年こそは私ももっと誇りとちょっと自信を持って、本と格闘していきます。


★   ★   ★

 夜は、今年最後の忘年会。ちなみに今年出た忘年会は14件。よく身体がもちました。パチパチ。

 本日は、深夜+1の浅沼さんを囲んで、D社のKさん、T社のMさんと、飯田橋名物おけいの餃子を目指すが、タッチの差で満席となってしまい、うなだれて別のお店へ。残念無念。

12月25日(火)

 娘と同じ通学班の子9人に聞きました。
「クリスマスプレゼントは何が欲しい?」

 驚くべきか、当然か。全員がDSのソフトの名を挙げた。
 サンタクロースは、今や任天堂の最優秀営業マンである。
 臨時ボーナス貰った方がいいぞ、サンタクロース。

 というわけで我が娘もDSのソフトの名を挙げていたのだが、数日前に改めて「何頼む?」と聞いたら「味噌ラーメン」との答えが返ってきて大笑い。おそらくそのときラーメン屋に向かっている車中でのことだったから、ラーメン屋で「何を頼むか?」聞かれたのかと勘違いしたのだろう。

 散々そのことでからかい、しかも悪のりする父親である私は、今朝、枕元にキレイにラッピングした即席麺の味噌ラーメンを置いておいたのだ。すると娘は「DSにしてはもこもこしているな?」なんて呟きながら、ラッピングを剥き、中に入っていたのが味噌ラーメンだと気付いたら、もうこっちが驚くほど、文字通り「肩を落とし」てしまい、涙顔。スマンスマンと謝るとサンタクロース=父親だとばれてしまうので、「冗談じゃない? 玄関に行ってみなよ」としょぼくれた身体を引きずり玄関に向かうと、そこに本物のプレゼント・DSのソフトを発見し、大喜び。しかしかなりサンタクロースに不信感を持った様子ではあった。

 そんな娘を見つつ、新聞を取りにポストを覗くと、何だか赤い荷物が入っているではないか! 何々? 浦和レッズ?? なんと年間チケット所有者に対して、浦和レッズがDVDのプレゼントを贈ってくれたようだ。こんなことをするなら年間チケットの値段を下げろよ!と思わないでもないが、粋な計らいがうれしい。早速、居間に戻ってDVDを見ようと思ったが、時計の針は7時を差していた。あと30分で家を出なくてはならない。でも観たい。

 このDVDに浦和レッズの勇姿がいったい何分収められているのか知らないけれど、そもそも勇姿なのか、もしかして鈴木啓太がトナカイの格好して、闘莉王がサンタに扮したイメージビデオかもしれず、もしそうだったら浦和レッズの事務所を襲撃するしかないのだが、通勤前の私には時間がないのである。しかもテレビの前には、3歳になったばかりの息子が陣取り、テレビ埼玉で再放送しているキテレツ大百科を真剣に見ているのである。おまけに頭の中は完全にコロ助になっているようで「朝ご飯ナリ」なんて叫んでいるのだ。こいつをどかすには、クリスマスプレゼントにあげたミニカーと消防署で気をそらせ、約15分ほど消防士にならなければならないだろう。

 嗚呼、観たい! 観たいけれど時間も場所もない。
 佐藤亜紀の「ミノタウロス』(講談社)を年間ベスト1にするため、丸坊主にしてしまったから後ろ髪なんてないのであるが、思い切り後ろ髪を引かれたまま、出社したクリスマスであった。

12月18日(火)

 通勤読書は、「遠藤ケイのキジ撃ち日記」遠藤ケイ(山と渓谷社)。しばらく遠藤ケイから抜け出せそうにない…のだが、飯田橋の深夜+1の店長浅沼さんから電話で『ザ・テラー —極北の恐怖— 上下』ダン・シモンズ(ハヤカワ文庫)を大絶賛で薦められ、嗚呼、右目と左目で別々の本が読めるようにならないか、しばし考える。

 ちなみに『ザ・テラー』の早川書房の紹介文を引用しておきます。<巨大な怪物との死闘と壮絶なサバイバル圧倒的な迫力で描く冒険ホラー大作〉19世紀半ば、新航路を開拓すべく出航した二隻の英国艦。極北の海で氷に閉ざされ、飢えと寒さに苦しむ乗組員を巨大な怪物が襲う。>うわー、面白そう!!!

 新宿のB書店Kさんを訪問。Kさんはとっても元気でやる気のある書店員さん。お会いする度、こちらが元気をいただいて帰っている。あっ、もちろん椎名誠コーナーや沢野ひとしコーナーなんていうのを作っていただいているので、注文もいただいております。ありがとうございます。

 その後は阿佐ヶ谷のS書店Mさんを訪問。しばし本の話をしていたらこんな話が飛び出す。

「昔はさぁ、吉行淳之介とかいっぱい面白い作家のエッセイあったよね。若い頃に、ああいうのを読んで、安心したんだよね。建前ばかりの大人の社会でなく、もっといろんなことがあるんだ。、自分と変わらないことを考えている大人がいるんだって」

 僕は椎名誠や山口瞳にかなりそういう部分でお世話になったが、今、そういう作家がどれだけいるのだろうか。というか作家がエッセイを書かなくなったのか。

 吉祥寺に移動し、高野秀行さんと打ち合わせ。来年からいろいろとお願いしたいことがあり<杉江的高野秀行3カ年計画>なんていうトンデモナイ企画書をお渡しす。怒られるかと思ってヒヤヒヤしたが、ぐっとこらえていただけたようで、ひとつずついろいろと検討。

 浦和レッズを除いた、僕の2007年の一番のトピックスは、高野さんとこうやってお仕事ができるようになったことだ。その喜びを噛みしめつつ、酒。来年はそれがもっと具体的になったらいいな。

12月17日(月)

 僕はわりと本を作家という縦軸で読む読者なのだが、この人に惚れたと全作品一気に読みするような作家に最近なかなか出会えずにいた。おそらく最後にそうやってハマったのは高野秀行さんでそれだってもう数年前の話だ。

ところが先日娘の本を借りに図書館行ったときに何気なく目についた『熊を殺すと雨が降る』遠藤ケイ (山と渓谷社、ちくま文庫)を手にした瞬間、がつーんとやられた。この本は、日本の山間地でどうやって人が自然とともに暮らしてきたかを文章とイラストで書いた徹底ルポなのであるが、こういうテーマこそ、今、僕がもっとも読みたいと考えていた本なのである。

 これは借りて読むような本ではないと、あわてて本屋さんに向かい購入。そしてじっくり読み進んだのであるが、テーマだけでなく、遠藤さんの語り口にも惚れ込んでしまい、数日後には著作を一気買い。現在は小学館文庫の『男の民俗学』全3巻を読み終えたところ。素晴らしすぎる!

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 高田馬場、池袋を営業。
 
 文芸書は毎年年末の「ローマ人」シリーズが昨年で完結してしまったので、その売り上げを確保するのに必死。果たしてあの読者はどこに流れるのだろうか。

 池袋のサンシャインS書店のYさんは、憎き鹿島のサポーターなのだが、週末に我が浦和レッズも世界3位(世界クラブ選手権上)になったことだし、ここは悔しいけれど「おめでとうございます」と挨拶に行かなければと、心の傷にフタをし訪問。実はその前、ジェフサポーターのJ書店のTさんのところでも散々いじめられたのだが、あの状況では仕方ない。「Number」693号の熊崎敬さんのルポで紹介されていた、スコットランドの詩の一説を胸に……。

<スコットランド、我々のもっとも大きな誇り、それは決して倒れないことではない。倒れるたびに起ち上がる、それが誇りだ>


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 夜は横浜へ移動し、Y書店のNさんやUさんやKさんと忘年会。もっぱら本屋大賞で何に投票するかで盛り上がるが、そんなことよりみなさん早く投票してください。投票数が心配で年が越せません。

12月14日(金)

「本の雑誌」1月号で、2007年最強の傑作『ミノタウロス』佐藤亜紀(講談社)をベスト1にするために坊主頭になった。寒い。

 それで11月のある日、会社の屋上で坊主頭にして帰宅したのであるが、娘と息子は大笑いしてくれたものの、妻は一瞬、坊主頭を見つめたが、何も言ってくれない。

 しかし3日後に頭を洗おうとシャンプーを手にしたら、それがブラシ付きの育毛シャンプーになっていた。

12月12日(水)

 文庫王国史上最強の『おすすめ文庫王国2007年度版』が、例年にないスピードで売れていて、追加注文の処理や直納で大わらわ。会社にとっても当然だけど、やっぱり営業マンに取って一番嬉しいのは本が売れることで、半ば発狂しつつ、駆けずり回る。

 この手の年度ものが前年を越えて売れるというのは結構珍しいのだが、果たして何が要因なのか社内で話し合う。

「ロゴと表紙を変えたのが良かったんじゃないですか?」
「やっぱり桜庭一樹さんの人気が」
「いやー中の原稿がみんな面白いし」

 誰も作った僕を誉めてくれない。
 
 しかしこういうときに限って、ミスが表出するもので、2件の書店さんで頭を下げる。申し訳ございませんでした。

 夜は千葉会の大忘年会だったのだが、千葉会の顔であるR書店のTさんが風邪のため欠席でイマイチ盛り上がらない。しかしかなり風邪が流行し出しているようなので、皆さんお気をつけ下さい。

12月11日(火)

 悲しいニュースは、いつも想像を越えたところから届く。
 Iさんのご無事と回復をただただ祈る。

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 宮田珠己さんと連載の打ち合わせ。
 楽しい連載になりそうで、今からワクワク。

12月10日(月)

「本の雑誌」1月特大号搬入。

 定期購読の送付を巡って、事務の浜田が郵便局と大げんか。ついにブチ切れ、メール便にての送付に。おぉ、コワッ。

 サッカーの傷は、サッカーでしか拭えない。
 レッズよ、ミランと闘うことを目標にするのではなく、世界一を目指そうではないか。

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 川口、浦和、さいたま新都心、大宮の営業を終えたのが17時。

 書店営業の時間帯としては、ここからはお客さんで混みだすので、控える時間になるのだが、直帰するにはまだ早く、大宮駅でしばし悩む。そのときハッと閃いたのが、我が地元春日部で、そういえば、駅前に新しく出来た商業施設にリブロさんがオープンしたのだ。しかもその新店にはかつて池袋店で大変お世話になっていたAさんが異動されたはず。正直いうと地元というのは何となく営業したくなく今まで敬遠していたのだが、これは行くしかないだろう。十数年ぶりに野田線に乗って、春日部を目指す。

 春日部駅に着いた瞬間から、僕の頭のなかは走馬燈というよりは、DVDの早送りのように、いろんな記憶が呼び覚まされる。遙か二駅向こうから自転車で来ていた深井書店。試験の後は絶対遊びにいったロビンソン。兄貴の友達に連れられて夜な夜なナンパし歩いた駅前ロータリー。封印していたというか、すっかり忘れていた思い出が一気にフタを開けて流れ出す。

 しかもリブロさんの入っている商業施設ララガーデンに入ったら、まるで20年前にタイムスリップしたような、ヤンキーというよりはツッパリがいるではないか。ボンタン履いて、剃り込み入れて、ウワー、なんだこの町は。僕がいた頃とまったく変わっていないではないか。つうかそこ行くオニゾリの君、君、もしかしたら20年後に出版社で営業しているかもしれないよ。嗚呼。

 そして、たいそうご無沙汰のAさんにご挨拶。「うわー」ととても喜んでいただき、こちらが恐縮してしまう。しばらく春日部話で盛り上がり、改めてゆっくり会いましょうねと約束し、家路に着く。

 そして日本テレビのトンデモアナウンサーの声をかき消すようにテレビの前から大声で浦和レッズに声援を送る。

 よしっ! あと2勝で世界一だぁ!!

12月7日(金)

 書店店頭で見かけた瞬間ピピッと来て、購入した『神なるオオカミ』上下・姜戎著(講談社)を読み出す。文化大革命時代に内モンゴル自治区に下放された知識青年が、オオカミに入れ込んでいく話?のようなのだが、どうなるか。とりあえず始めの3章は期待どおりの面白さ。

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 会社に着くと、事務の浜田が出社せず。どうしたのか?と思ったら弟の結婚式でグアムに行ったとか。おお! 聞いたような聞いてないようなとぶちぶち言っていたら、編集の松村に予定表になっているホワイトボードを指さされる。

「12月7日(金) 浜田結婚式のため休み」

うーむ、この書き方では、まるで浜田の結婚式のようではないか。っていうかこのホワイトボード自体、全部浜田が書いているのだが、ウソでもいいからこんな風に書いて見たかったのか。

 予定変更、社内でもろもろの作業。

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 夜は、「めくるめくめくーるな日々」連載中のリブロの矢部さんとパルコの藤本さんの対談を収録。来年から90年代という時代を駆け抜けたパルコ・ブックセンター渋谷店を見つめなおす連載を「めくるめくめくーるな日々」のなかで始めるさせていただくのだ。

 実は僕の頭の中では、書店風雲録は四部作になっていて、このパルコ・ブックセンターが2部目なのである。乞うご期待!

 あっという間に4時間が過ぎ、終電車に飛び乗って帰宅。あまりに面白い話だったので、興奮して眠れない。

12月6日(木)

 一昨日、編集の松村から「杉江さん好みかも…」と貸してもらった本を読みだしたら、あまりに面白く、これはとても借りて読むような本ではないと購入。改めてジックリ読み進んだのが、『北東の大地、逃亡の西』スコット・ウォルヴン(ハヤカワ・ミステリ)は紛れもない傑作だ。

 アメリカの田舎町にいるちょっとしたアウトローや職人などの、自分の人生から抜け出すことのできない日常を描いた短編集である。すなわち僕らの人生を描いた作品である。ミステリー色はほとんどなく、一般小説といっても良いと思うけれど、この胸を突く、味わい深さ、たまらない。帯には我が最愛の作家の一人であるジョージ・P・ペレケーノスが瞠目!とあるけれど、確かにペレケーノスの小説に雰囲気が似ているかも。来年のベスト1候補!!

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 営業は横浜へ。
 「昨日は文庫が凄くて品だし大変だったわよ〜」と額の汗をぬぐったのはM書店のYさんで、「12月は今のところそれほどの新刊量じゃないんだけど、文庫やコミックの発売日ずれて重なるのよね」とのこと。とりあえず11月はミシュランボーナスで書店もひと息つけたようだが、果たして12月はどうなるか? 「このミス」などの年末ものが出たが、どれほど影響が出るか楽しみ。しかしほぼこの手のベスト10号が全部出てしまい、我が「本の雑誌」は来週の月曜10日搬入だから最後である。こういうのは早く出した方が得、なのかどうかわからないけれど、営業としては焦る。

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すでに何度目の忘年会なのかわからないほど、毎夜忘年会へ馳せ参じている。
今夜はB書店のKさんを囲む会。定例で飲んでいるメンバーが集まるので、気が楽だ。同年代の営業マンとしばし情報交換。二次会は別の会の忘年会に顔を出そうと思っていたのだが、疲労困憊だったので、帰宅。

12月5日(水)

 前の会社に就職して、数ヶ月のときだった。上司からお得意様や読者プレゼントで使う「会社のテレホンカードを作れ」と言われた。デザインは好きにしていいと。しかし自由にして良いと言われたって、僕自身がデザインが出来るわけはなく、それどころか僕の仕事はその頃も今と変わらぬ営業マンだったからデザイナーなんて一人も知らなかった。

 参ったなぁと呟きつつ、NTTに行き、デザインテレカの作り方を教わった。さてデザインは…と思った時、ある人の顔が浮かんだ。その顔は親戚付き合いしているおじさんで、そういえば母親が「今は引退しちゃったけど、有名なデザイナーだったのよ」と話していたっけ。おじさんは引退しているから無理だとしても、息子もデザイナーになったとか言っていたよな。家に帰って母親に話を聞くと「いい話ね。あんたが頼みにいったら、ケンちゃん喜ぶわよ」と連絡先を教えてくれた。

 その翌日、連絡を入れ、午後にはデザイン事務所に向かった。センスの良い家具と大きな机が置かれ、一番奥にはおじさんが座っていた。デザイナーは引退しても経営者として残っていたのだ。手元でバードカービングをしていた。そのおじさんに挨拶しつつ、息子であるケンちゃんのところに行く。

「うーん、大きくなったなぇ。前に会ったのは、確かツグくんが小学生のときで、熱海の海に旅行に行ったんだよな」

 そしてすぐに仕事の話となった。
「できれば可愛いマスコットを作りたい」こちらの思いを伝えると「歯科の出版社なんだよね」としばらく悩んだあと「歯といえばビーバーかな?」とサササと可愛いイラストを描き出した。

 それがとっても可愛かったので、その線で進めてもらうことにした。

 打ち合わせも終わりの席を立つと、おじさんが「ツグくん、こっち」とコーヒーを煎れて、待っていた。

 応接室のソファーで向かいあうと、おじさんが聞いていた。

「今、何しているの?」
「あっ、いちおう営業をしています」
「いちおう? じゃあ他にやりたいことがあるの?」
「いや、別に……。本が好きなんで、何か書いたりしたいとは思っているんですけど……。」

 そういった瞬間おじさんの顔から笑みが消え、真剣な顔になった。

「本気で何かを書きたいと思っている人は、今この時間も書いているよね。もし働いていたとしたら寝ないで書いているよね。おじさんもそうやってデザイナーになったんだもん。朝から晩まで絵を描いてさ。」

 そして「あっ、何でこんなこと言っていっちゃったんだろう」という表情をして、その後「お父さんお母さん元気?」とあわてて、世間話に戻った。

 僕はそのデザイン事務所を出た後も、おじさんの言葉が頭のなかをずっと廻り続けていた。

「本気なら今もやっている。」

 10年以上前のそんなおじさんの言葉を思い出したのは、先日地方小出版流通センターのKさんと搬入打ち合わせ後の雑談をしていたときだった。

 Kさんは一年前から山登りを始め、今は雪山に挑戦しているのだが、それを聞いて「僕も子供がもうちょっと手を離れたらやりたいんですよね」と呟いた。するとKさんは、あのときのおじさんと同じ真剣な表情をした。

「いつかってないんだよね。やるなら明日、今日から始めないと」


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 通勤読書は、先日お会いした有隣堂恵比寿店のKさんがイチオシしていた『みなさん、さようなら』久保寺健彦(幻冬舎)。

こちら↓ではそのKさんが著者インタビューしております。
http://www.yurindo.co.jp/izumi/izumi.html

 この作品は第1回パピルス新人賞なのだが、同時期『ブラック・ジャック・キッド』で第19回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞しているから、主人公が団地から出られないという設定や友達が団地から消えていくというのをファンタジー的なものだと読み進めたのは間違いだった。『みなさん、さようなら』は至って真っ直ぐな成長小説。

 文庫王国史上最強の『おすすめ文庫王国2007年度版』が搬入となる。「売れてくれ〜」「読んでくれ〜」と叫んでいたら、助っ人の鈴木先輩に腕を捕まれ「助っ人がいないので、ツメツメ作業手伝ってください」と直接申し込みのお客さま分を夕方まで袋詰め。先輩!

12月4日(火)

 通勤読書は『ホルモー六景』万城目学(角川書店)。

 まるでピグミンのようなオニを操り闘わせる謎の競技「ホルモー」シリーズ第2作。まさか「ホルモー」がシリーズになるとは思いもしなかったが、今作はその「ホルモー」をほとんど背景に置き、ホルモーに関わる人間達の恋愛模様が描かれる。

 とんでもない人が出てきたり、時代を超えたり、ついに舞台も京都離れたりと、いやはやもしかして万城目学はまだまだ才能を隠しているのではなかろうか。特に第6章「長持ちの恋」が素晴らしい。まさかホルモーで泣かされるときが来るとは…。この調子でホルモーシリーズを書き続けて欲しい。

 とある書店さんを訪問すると「新しいサービスを始めたんです」と話される。何ですか?と伺うと、なんと客注を受けたときに品切れだったり絶版だったりしたときに、Amazonマーケットプレイスで取り寄せてあげるというのだ。当然、中古品であることをお客さんに伝えるが、それでも99%のお客さんがそのまま注文されるそうで、アマゾンの価格+送料に若干手数料を足して販売しているとのこと。特にネット環境のない高齢者などに喜ばれているとか。アマゾンを敵視する時代から利用する時代に変わってきたのか。うーん、すごい発想だ。

 ネット販売にしてもポイント制度にしても、結局、ルールというのはそのルールの中から改善案がでて変わっていくのではなく、既存のルールの外にいる強者が突然別のルールを持ち込み、その強者に引きずられるようにして元々あったルールが変わっていく、というか捨て去られていくのだ。

 西武池袋線を営業後、御茶ノ水に出て、K出版社のYさんとお話。
 サッカーの話はしないように!

12月3日(月)

 激しい落ち込みから脱することなく、週が始まってしまった。明日が普通に来ることに、世の中がいつもどおり動いていることに苛立ちを感じてしまう。まったく笑えない。それどころかふと気を許すと涙が溢れそうになる。とても仕事にならない。

 サッカーは恐ろしい。サッカーは苦しい。
 だからサッカーは楽しい……といえる日がまた来るだろうか。

 J2降格時のことを思い出しつつ、奥歯を噛みしめ、我がバイブル『ぼくのプレミア・ライフ』ニック・ホーンビィ(新潮文庫)と『狂熱のシーズン—ヴェローナFCを追いかけて』ティム・パークス(白水社)を読む。

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